2017年1月18日水曜日

テレビ出演するとどれくらいアクセス数が増えるのか実証


 このグラフは私のサイトにアクセスしたユーザーの実数。赤枠は「ひるおび」で実際に出演していた時間帯を示す。1時間300にも達しない。はっきり言って誤差の範囲。ところがYahoo!のニュース・トピックスで関連リンクを貼られると以下のようになる。


 桁を見てほしい。一桁違う。あくまで関連リンクだからメインの記事として紹介されたわけではない。しかも継続的にユーザー数は増えている。全部を合計すればテレビ出演の効果×100倍くらいだと思う。
 つまり、私のようにネットと書籍で情報発信しているような人間にとってテレビ出演は、出演料を稼ぐ以外にメリットはない。もちろんより良い情報を視聴者に届けるという意義はあるかもしれない。
 でもテレビで紹介されている内容は私が言いたいことのほんの一部でしかない。テレビで紹介されてもわざわざネットで検索しようという人は本当にわずかでしかない。

 報道番組の裏側を見ていて思ったのは、あまりに時間的な制約が多い。テレビで流れる情報は、本当に流れているだけだ。それはそれで一つの役割かもしれないが、知を生み出す源流にはなれない。
 川の源流から水が流れ出すまでは非常に長い時間がかかっている。もちろん降った雨がそのまますぐに流れる場合もある。しかし、雨が降らなくても川は流れ続けている。それは地中に染み込んだ雨が長い時間を掛けてゆっくりと地表に出てくるからだ。
 それと同じで知が生まれるのには気の遠くなるような時間がかかる。例えば私が「憲法の父」ジェームズ・マディソンがどのような思想を持っていたのかいろいろ考える。そして、次のように書いたとする。

「マディソンは連邦主義と民主主義を人民の自由を守る二つの柱とした」

 たったこれだけのことが分かるだけでも時間がかかる。でも仮にこれを誰かが受け売りで語ろうとすれば、この文章を一瞬で読めば事足りる。でもそうした知識は本当の知識とは言えない。
 テレビも似たようなものであり、その時間感覚は知を生み出す環境にはまったく合っていない。もちろんテレビにはテレビなりの役割があるだろうが、「文化人」を名乗る方々が出突っ張りになるのはおかしなことだ。たまに専門の話で出るくらいならよいかもしれないが・・・。

 ここからは別の話。検索エンジンの問題について。
 テレビのスタッフに言われたことだが、「アメリカ大統領就任式」で検索してみても私が就任式についてまとめたページになかなかたどり着けなかったそうだ。
 Googleは賢く使わなければならない。以前、私はホワイト・ハウスの名前の由来についてGoogleがどれだけまともな情報を掲載したサイトを検索結果で返せるか検証した。上位の10ページに掲載されているサイトを検証すると、以下のようになる。

 ◯はきちんとした情報が掲載されているサイト、×印は間違った情報が検索されているサイト。さらに無印はまったく関係のない情報しかないサイト。この時点では私がホワイト・ハウスの名前の由来についてまとめたページはどこにも入っていない。
 Googleはユニークでオリジナルな内容を掲載したページを優先すると言っているそうだが、×印が付いたサイトは互いに文章をコピペし合っているだけ。ユニークでオリジナルな内容など欠片もない。

 検索エンジンに欠陥があるのは仕方ない。賢明な検索エンジンの使い方は、欠陥があることを認識して利用する使い方だ。

2017年1月12日木曜日

トランプ次期大統領記者会見

 トランプ次期大統領が記者会見を開催。2017年1月11日。その様子を冒頭の表明は全訳。質疑応答は主要部分だけ抜粋。

トランプ:

 記者会見は慣れ親しんだ場所だ。我々はほぼ毎日、記者会見をやっていたからな。記者会見のお蔭で我々は指命を獲得できたと思うよ。君達のお蔭だな。

 我々は記者会見をずっと止めていた。なぜなら不正確なニュースばかりだったからだ。しかし、俺は何かをちゃんと言っておかなくてはならない。そして、たくさんのメディアが今日、ここに来てくれたことに感謝する。君達は諜報機関が発表したたわ言を確認しに来たんだろう?誰が知るか、そんなこと。もしそんなことを諜報機関がしたら最大の汚点になるだろう。最大の汚点だ。なぜならそのようなことは絶対に書かれるべきではないからだ。絶対にあっちゃいけないし、発表されても駄目だ。

 しかし、俺は俺のことを長年にわたって良く書いてくれた一部のメディアには感謝する。本当に僅かだがな。彼らは、いんちきニュースやある特定の集団やテレビによって書かれた事実に強硬に対抗してくれた。

 だからこそ俺はこの部屋にいる多くの人々に賛辞を捧げる。俺はメディアに敬意を抱いているし、報道の自由を尊重している。しかし、俺は君達に言う。メディアの中には信じられないことにプロだと言っているメディアもあるな。ただ俺は君達を見直すようになっているぞ。いいか?

 よしよし。我々はここ数週間でいろいろ大きなニュースを聞いている。君達はきっと言ってもよいはずだ。俺がこの国を切り盛りする方法を積極的に模索していたと。多くの自動車会社がアメリカに移りつつある。その他の会社についても、アメリカ中西部で工場を建設中の企業についてこれから数週間で大きなニュースが報道されるだろう。
 
 昨日、フィアット=クライスラーが大きな工場を他国ではなく我が国に建設すると発表した。フォードもメキシコで10億ドルの工場を建設する計画を撤回してミシガンに移転して、既存の工場を拡大して操業すると発表した。

 フォードに感謝する。フィアット=クライスラーに感謝する。ジェネラル・モーターズもそれに倣ってほしい。そうなると俺は思っている。そして、もっと多くの人々がそれに倣うはずだ。たくさんの産業がアメリカに戻ってくるぞ。

 製薬産業も取り戻す。我々の製薬産業は壊滅的だ。製薬産業はそこら中から出て行っている。製薬産業は医薬品を供給するがアメリカで医薬品をほとんど作っていない。我々がやらなくてはいけないことは、製薬産業に対して新しい入札過程を導入することだ。なぜなら製薬産業は好き勝手やっているからだ。

 製薬会社はたくさんのロビイストを抱えている。その結果、医薬品に関する入札はほとんど起こらない。我々は世界で最も多くの医薬品を購入しているのにもかかわらず、適切に入札できていない。我々は入札を始め、長期間にわたって数十億ドルを節約する。

 他の多くの産業でも同じことをするつもりだ。F-35戦闘機について軍高官達とL協議したのを君達は覚えているだろう。予定よりも遅れているせいで数十億ドルが余分に掛かっている。俺はそんなの嫌だね。軍高官達はお気楽だね。俺は奴らに思い知らせたい。F-35戦闘機について大きな決定をするだろう。おそらくF-18戦闘機にもだ。できるだけコストを下げて、もっと戦闘機の質を向上させる。コンペを開くぞ。きっと素敵なコンペになるだろう。

 我々はいろいろなことに口出ししていくからな。ジャック・マー(アリババ創業者)に来てもらった。他にもすごい人々がここに来ているぞ。きっとすごいことをやってくれるに違いない。この国のためにすごいことを。彼らは積極的にやってくれるだろう。

 もし大統領選挙が今のようになっていなければ、彼らはここに来なかったはずだと俺は言いたい。彼らは俺のオフィスに来なかっただろうし、他の誰のオフィスにも来なかっただろう。彼らは他国で事業を展開しようとしていただろう。今、すごい時代の波が起ころうとしている。多くの人々が俺にこれまで見たことがないと語ったような時代の波がな。

 我々は雇用を創出する。俺は神がかつて創造した中で最も偉大な雇用の創出者になると言った。そのために一生懸命働くつもりだ。我々には少しの幸運も必要かもしれないが、我々はきちんと仕事ができると俺は思っている。俺は我々が成し遂げたことを誇りに思うようになるだろう。

 ただ我々はまだそれに取りかかっていない。大統領就任を楽しみにしている。素晴らしい式典になるだろう。優秀な人材がいる。様々な軍の部門から楽団が結成されている。その評判について俺はいろいろ耳にしてきた。彼らは最高だ。

 きっと素晴らしい日になるだろう。1月20日には特別な日になるだろう。我々は変革をもたしたのだから大群衆を迎えることになるだろう。

 世界がこれまで見たことがないような変革だ。多くの人々が想像すらできなかった変革だ。世論調査もな。世論調査の中には正しいものもあったが、多くの世論調査はそうではなかった。11月8日に諸州が次々に塗り分けられた様子は素敵だっただろう。

 我々は接戦州に熱心に働き掛けて報いられた。きっと諸州は多くの雇用を得て、安全を得ることになるだろう。退役軍人にとっても良いニュースがたくさんある。

 退役軍人について話しておきたいが、今日、デイヴィッド・シュールキンを次期退役軍人省長官に指名した。少し後で正式に発表するだろう。デイビッドは素晴らしい奴だ。きっと良い仕事をしてくれるぞ。

 俺の約束の一つは、退役軍人をめぐる状況を何とかすることだ。退役軍人はひどいからな。いろいろな病気で15日、16日、17日も待たされ、早期ガンになっても医者が見つからない。医者が見つかった頃には手遅れだ。そんなことは起きてはならないし、起こさせてはならない。

 デイヴィッドは素晴らしい仕事をするだろう。デイビッドを補佐する者達についても言っておこう。我々は、クリーブランド・クリニックやメイヨー・クリニックなど世界でも優れた病院の幾つかを退役軍人擁護局と提携させている。我々は一つの組織を作ろうとしている。

 そうした病院は最高ランクの病院だ。クリーブランド・クリニックのトビー・コスグローヴ医師のような優れた医者達も加わる。

 偉大な事業家のアイク・パルムッターも加わるぞ。退役軍人擁護局を退役軍人のために改善する。それはこれまでずっと約束してきたことだ。私はそれを何よりも強く感じている。

 デイヴィッドに関する情報を後で入手してくれ。デイヴィッドの業績に感心するはずだ。我々は長期的に精査した。我々は少なくとも100人からいろいろな話を聞いた。良い話も悪い話も。しかし、我々には優れた才能が揃っている。そして、時が経てばわかるはずだが、この人事はきっと良いことをもらたすだろう。なぜなら退役軍人は不公平に扱われてきたからだ。

 よし、質問はないか。

(以下、質疑応答は非常に長いので重要な部分のみ抜粋)
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質問:

 ・・・・・・たくさんあります。

トランプ:

 ありがとう。

質問:

 金曜日にあなたが受けた諜報機関のブリーフィングについて明らかにしておきたいことが幾つかあります。

トランプ:

 どうぞ。

質問:

 まず諜報機関のトップは事実無根の申し立てについて2ページの概要を提出しましたか?次に、プーチン大統領が民主党全国委員会にハッキングを仕掛けろと命令して、さらに共和党全国委員会にもハッキングを試みたという見解をあなたは受け入れますか?

 そして、もし受け入れるのであれば、アメリカに対してスパイ活動をするような指導者とどのような関係を築こうと考えていますか。

トランプ:

 まずご存じの通り、そういうブリーフィングは機密事項だ。だからブリーフィングでどうなったかは話せないね。

 ブリーフィングには同席者がたくさんいて、ここに今、その同席者がたくさんいる。だから情報でここで公開するのは不都合だと言っておこう。

 私は情報を見た。ブリーフィング以外の情報を読んだ。それはすべていんちきニュースだ。偽物だ。そんなことは起きなかった。我々の敵がそれを利用した。君達がそれを報道して他の者達もそれに倣ったからな。敵が団結して人々を騙そうとした。たわ言を一緒になって作り上げようとした。

 ブリーフィングの参加者ではなくブリーフィングに参加していない誰かがそれを公開したに違いない。そんなことは新聞に掲載するべきではない。公開するべきではない。しかし、レオは公開されたものを読んだ。俺はそれをひどいことだと思う。本当にひどいことだ。

 ハッキングに関して俺はロシアの仕業と思う。しかし、俺は他国からもハッキングされていると思う。2,200万人の名前がハッキングされて流出したことがあっったが、たいしたことではないという感じだったな。でもそれは異常なことだ。おそらく中国の仕業だな。

 我々はずっとハッキングを受けている。我々が今、やっていることは、優れた情報技術者を世界中から集めることだ。2週間前に世界でトップの6人をある場所に集めた。これまで集まったことがない連中だ。我々はそうした才能をまとめて防衛システムを構築する。

 民主党全国委員会はハッキングに対して完全に無防備だ。ろくな仕事をしていない。我々のような防衛システムを構築できていない。

 俺はラインス・プリーバスに全権を委ねた。なぜならラインスは世界と我が国で何が起きているかわかっているし、様々な企業に出向いてハッキングに対する強固な防衛システムを作るように指示する。

 奴らが共和党全国委員会をハッキングしようとしても無理だろう。

 我々は我が国も同じようにしなければならない。それはとても重要なことだ。

質問:

 ・・・・・・質問の最後の部分ですが・・・・・・プーチン大統領とどのように良好な関係を築こうとしていますか?

トランプ:

 ご存じの通り、プーチン大統領とロシアは、いんちきニュースは完全にいんちきだという声明を今日、出した。彼らは、そういうことは決してなかったと言った。

 今、「奴はきっとそう言っているだけさ」と言う者もいるかもしれない。

 私は彼が言った事実を尊重する。

 私は正直でありたい。もし彼が何が何かすれば、奴らはそれを公開するだろう。喜んで公開するに違いない。

 率直に言えば、奴らがもし共和党全国委員会をハッキングしていたとしても奴らはそれを公開しただろう。ヒラリーについて奴らが公開したように。その結果、(選挙顧問の)ポデスタ氏のようなヒラリーの周囲の人物がヒラリーを酷評することになった。

 もし誰かが俺についてポデスタ氏がヒラリーについて言ったようなことを言ったらどうするか。俺がボスだ。俺はそいつをすぐに首にする。なぜならポデスタ氏がヒラリーについて言ったことは本当にひどいからだ。

 思い出してほしい。我々はハッキングについて話している。ハッキングは悪いことであってやっては駄目だ。ハッキングされたことに注意を向けるよりもハッキングされたことから学ぶべきだ。

 ヒラリー・クリントンがテレビ討論の質問を事前に知ったのに、そのことについては報道しなかったのはなぜか。ひどいことだ。ひどいことだ。

 もしドナルド・トランプが事前にテレビ討論の質問を入手できていれば、歴史上、最高の話になったに違いないと思わないか。きっと奴らは「選挙戦から退場しろ」とすぐに言ったはずだ。誰もそんなことはヒラリーに言わなかった。ひどいことだ。

 そうだろ?

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質問:

 質問してもよろしいですか?

質問:

 ありがとう、次期大統領。
 
 諜報機関のレポートについて、結論の二つ目の部分で、大統領選挙であなたを支援するためにプーチン大統領がハッキングを指示したとあります。

 あなたはその見解を認めますか?オバマ大統領の対ロシア制裁をあなたは解除するつもりですか、それとも続けるつもりですか?

トランプ:

 そうだな。もしプーチンがドナルド・トランプを好きなら、それは不都合ではなく好都合だと考えるね。なぜなら我々はロシアとひどい関係だったからな。ロシアは、厄介な敵であるイスラム国との戦闘で我々を支援できる。現政権が誤った時期に撤退したせいでイスラム国を生んでしまった。(軍事的)空白が作られ、イスラム国が形成された。

 プーチン大統領がドナルド・トランプを好きかどうかについてだが、とにかくそれは不都合ではなく好都合だ。

 現時点で俺はプーチン大統領とうまくやっていけるか分からない。うまくやっていけるように願う。もしうまくやっていけなくても俺にとっては良い機会だ。俺がプーチンとうまくやっていけなければ、ヒラリーが俺よりもプーチン大統領に厳しいと君達は信じられなくなるだろう?ここにいる誰も信じられないだろう?そういうことだな。

質問:

 ・・・・・・あなたはあなたの事業からどのように手を引くつもりか聞きたい。しかし、まずロシアに関する見解を聞かなければならない・

 今日、ここでのあなたの話によれば、ハッキングは実際にあったと思っていますか?ロシアはあなたに経済的な影響力を持っていますか?もしそうでなければ、それを証明するためにあなたの納税証明書を公開できますか?

トランプ:

 ロシアとは何の取引もないとツイートした通りだ。ロシアにおける取引はない。なぜなら我々は近寄らないようにしているからだ。俺はロシアに借金なんかない。

 不動産業者として、俺はそんなに借金を抱えているわけじゃない。俺は資産を持っている。どれだけ会社が大きいかわかるだろう。俺にはたいした借金はない。借金は非常に少ない。ロシアの借金はまったくない。

 それを打ち消すことは重要だと俺は思っている。保証する。俺はロシアと取引をしたことがなく、借金もなく、交際関係もない。もし望めば我々はロシアと簡単に取引できたが、俺はそれを望まなかった。なぜなら俺はそれが問題になるとわかっていたからだ。だから俺は借金もなく、取引もなく、現在、係争中の問題もない。

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質問:

 ・・・・・・ハッキングが確かにあったと思いますか?ロシアと取引がないと証明するために納税証明書を公開しますか?

トランプ:

 今、監査中だから納税証明書を公開しない。

質問:70年代以来、国税庁の監査は・・・・・・・

トランプ:

 俺の納税証明書について気にしているのは記者だけだ。いいか。聞いてくるのは奴らだけだ。

質問:

 アメリカ国民はそれに関心がないと思っているのですか?

トランプ:

 そうだと俺は思っている。俺は勝ったから大統領になる。国民はそんなことを気にしていない。国民はまったく気にしていないと俺は思っている。

質問:

 今朝、我々はナチス・ドイツに住んでいるようだとあなたがツイートしましたが、それはどのような動機でツイートしましたか?アメリカ国民に何を伝えようとしたんですか?

トランプ:

 俺はそれはひどいことだと思っている。諜報機関が偽情報を漏らすのはひどいことだ。まさにそれはひどいことだと俺は思っている。ナチス・ドイツがやったようなことだ。偽情報の漏洩などは決して今後、起きてはならないし、国民に漏らしてはいけない。

 バズフィードは、がらくたのごみを書いているだけだが、もう十分に思い知っただろう。もう十分だ。CNNもわざわざいろいろでっちあげようと頑張っているようだな。

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質問:

 あなたが我々を攻撃するからだ。我々も質問してよいですか、次期大統領?

トランプ:

 よかろう。

質問:

 次期大統領、あなたは我々メディアを攻撃しているが・・・・・・

トランプ:

 おまえはだめだ。

質問:

 ちょっといいですか?

トランプ:

 おまえ達はまったくもってひどい。

質問:

 あなたは我々メディアを攻撃していますが、質問してもいいですよね?

トランプ:

 静かに。

質問:

 次期大統領、あなたは・・・・・・・。

トランプ:

 質問をしているだけだ。行儀良くしろ。行儀良く。

質問:

 あなたは我々を攻撃しているが、質問してもいいですよね?

トランプ:

 いいや、俺はおまえ達に答えるつもりはない。俺はおまえ達に答えるつもりはない。



質問:

 あなたは・・・・・・・。

トランプ:

 おまえはいんちきメディアだ。出て行け。

質問:

 あなたはあたまごなしに・・・・・・次期大統領、それはあまりに無茶苦茶だ。

トランプ:

 出て行け。

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トランプ:

 我々は毎年、数千億ドルの損失を出している。対中貿易と対日貿易、対墨貿易、その他で。我々はそのような(彼らにとって)分が良い取引はしない。

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トランプ:

 中国は、経済的に我々によりも完全に優位な立場にあり、南シナ海で強固な基地を築いて我々よりも優位な立場にある。ロシア、中国、日本、メキシコ、その他のすべての国は、過去の政権よりもずっと我々を尊重するようになるだろう。

2017年1月11日水曜日

オバマ大統領の告別演説

大統領の告別演説


 2017年1月10日(現地時間)、オバマ大統領は離任を前にしてシカゴで告別演説を行った。
 離任にあたって国民に別れを告げる先例はジョージ・ワシントンが作った。ただしワシントンは新聞で原稿を発表しただけで演説したわけではない。ワシントンは「告別の辞」において、一定の外国勢力に肩入れしない外交方針、党派に分かれて政争を行うべきではないといった考え方を示した。
 告別演説の中では、ドワイト・アイゼンハワーの告別演説が特に有名である。アイゼンハワーは軍産複合体の台頭に警鐘を鳴らした。つまり、告別演説は、アメリカ大統領が最後に残せるレガシー(遺産)である。

オバマの告別演説総評


 格調高くまとめられている。「トランプ」や「共和党」など名指しでは非難していないが、暗に指していることは随所で分かる。名指しで非難しないのは、ワシントン以来の伝統。
 注目点は人種についてどのように述べているか。オバマにしか語れないオリジナリティ溢れた名文である。
 さらに民主主義をどのように再定義しているか注目して欲しい。リンカーンはゲティスバーグ演説でジェファソンが独立宣言で提示した自由の概念を再定義して後世に残る演説に仕上げた。「Government of the people, by the people, for the people」は誰もが知るフレーズとなっている。
 このオバマの告別演説も幾つかのフレーズは後世にも使われることになるだろう。特に気になったフレーズを強調表示しておく。時代を超えて受け継がれる演説には特殊な状況や時間を越えた理念が含まれている。

オバマ大統領の告別演説(本文)


 こんにちは、シカゴ!
 地元はいいね!
 ありがとう、みんな!
 ありがとう。
 ありがとう。
 大変、ありがとう。ありがとう。ありがとう。
 地元はいいね。
 ありがとう。

 ここでテレビ中継することになったから私は移動しなくてはいけなかった。

 誰も指示に従わなかったら、あなた達はきっと私を死に体の大統領だと言うだろうね。

 席は全員分、ちゃんとあるよ。

 我が親愛なるアメリカ人よ、ミシェルと私はここ数週間にわたって寄せられた温かい感謝の言葉に感動している。しかし、今日は私が感謝を述べる番だ。

 我々が見解で一致しようとも、もしくは一致しなくても、あなた達、アメリカ国民と私は様々な場所で対話してきた。応接間で、学校で、農場で、工場で、晩餐会で、遠方の基地で。そうした対話をすることで私は素直でいられ、元気になり、前に進み続けることができた。そして、毎日、私はあなた達から学んだ。あなた達は、私をより良い大統領にしてくれ、より良い人間にしてくれた。

 20代初めに私はシカゴにやって来て、自分探しをしていた。自分が生きる意味を探していた。そして、ここからそう遠くない場所で、今にも閉鎖されようとしている鉄工所で教会の組織とともに働き始めた。

 まさにこの辺りの通りで私は、苦闘する労働者が顔に浮かべる信念の力と静かな尊厳を見た。

(群衆「さらに4年!」)

 それはできない。

 私は学んだ。普通の人々が参加した時にこそ変革は起きるのだと。そして、普通の人々が積極的に関与して、変化を一緒になって求める時にこそ変革は起きるのだと。

 8年間、大統領として務めたが、私はまだそれを信じている。それは私だけの信念ではない。アメリカ人の胸に脈々と宿る理想である。自治という我々の壮大な実験である。

 すべての者はみな平等に創られていて、生命、自由、幸福の追求など決して奪われない権利を創造主によって授けられているという信念がある。

 こうした権利は自明なものであるが、勝手に達成されるものではないと力説したい。我々、人民は民主主義を通じてより完全な連邦を形成できる。

 我々の建国の父祖達は、そのような先駆的な理想を大きな贈り物として我々に渡した。額に汗して創意工夫を凝らし夢を実現する自由だけではなく、協力し合って、公共の善、より大きな善を達成するという規範。

 240年間、我が国の市民は、各世代でやるべき責務や目的を与えられてきた。だからこそ愛国者達は専制よりも共和制を選択肢、開拓者達は西に向かい、奴隷達は自由への険しい道に立ち向かった。

 だからこそ大洋やリオ・グランデ川を越えて多くの移民や難民がやって来た。だからこそ女性達は参政権を獲得しようとした。だからこそ労働者達は労働組合を作った。だからこそ兵士達はオマハ・ビーチや硫黄島、イラク、そして、アフガニスタンで生命を捧げた。

 セルマ(1965年に起きた大規模な非暴力公民権運動デモの中心地)からストーンウォール・イン(1969年に同性愛者人権運動のきっかけになったバー)の人々も同じく生命を捧げようとした。

 だからこそ我々はアメリカが例外だと言う。我が国が最初から欠陥がないからそう言えるのではなく、我々が変革を起こせる力を持ち、後の世代の人々の生活をより良くしてきたからそう言える。

 確かに我々の進歩は平坦ではなかった。民主主義の道程は常に大変だった。それは議論の余地があることだ。時に流血が起きた。2歩前進するごとに1歩後退しているのではないかとつい思ってしまうかもしれない。しかし、長い目で見れば、アメリカは確実に前進して、一部の人々だけではなくすべての人々に建国の父祖達の信条を徐々に広めている。

 もし私が8年前に、アメリカは景気後退に対処し、自動車産業を再生し、長期間にわたって雇用を創出し、キューバと新しい関係を築き、武力なしでイランの核兵器開発計画を止め、911の首謀者を除外し、同性婚を認め、新たに2,000万人市民のために健康保険の権利を確保すると言っていたら、きっと望みが高すぎると言っただろう。

 しかし、今、我々はすべてを成し遂げた。あなた達が成し遂げたことなのだ。あなた達自身が変革である。あなた達がいたからこそ、人民の期待に応えて、あらゆる尺度から見て、我々が始めた時からアメリカはより強く、より良い場所になった。

 10日経てば世界は民主主義の証(政権交代)を見ることになるだろう。

(群衆がブーイング)

 違う違う。自由に選ばれた大統領から後任者への平和的な権力の移行だ。私は、我が政権はブッシュ大統領が私に行ったように、できる限り円滑な政権移行を行うとトランプ次期大統領に約束する。なぜなら我々の政府が直面する多くの課題に我々を立ち向かえるようにできるか否かは我々すべてにかかっているからだ。

 我々はしなければならないことがある。そうした課題に対処するためにするべきことがたくさんある。結局、我々は地球上で最も豊かで最も強力で、そして、最も尊敬される国家であり続ける。我々の若さ、活力、多様性、そして、開放性、リスクと革新を恐れない無限の包容力は我々の未来を約束している。しかし、そうした可能性は、我々の民主主義がうまく機能した場合のみ実現する。我々の政治に人民の良識が反映された場合のみ実現する。党派や党利にかかわらず我々すべてが今まさに必要とされている良識を取り戻そうとした場合のみ実現する。

 それこそ私が今夜、取り上げたいことだ。我々の民主主義がどのような状態にあるのか。分かって欲しい。民主主義は画一性ではない。建国の父祖達が論じたように。 彼らが議論したように。最終的に彼らは妥協した。彼らは我々が同じようにすることを期待しているに違いない。さらに彼らは、民主主義にはまとまりという礎が必要であると知っていた。すなわち、外面的な違いはともかく、我々は一蓮托生だということだ。

 我々の歴史上、そうしたまとまりが脅かされた時代があった。今世紀初頭もそうした時代の一つであった。世界が縮小に伴う不平等が拡大、人口変動とテロの脅威などの要因が、我々の安全や繁栄だけではなく、民主主義への試練になっている。そして、我々の民主主義への試練にどのように対処できるかは、我々の子供の教育、良い雇用の創出、そして、我が国を守ることにかかっている。すなわち、それこそ我々の未来を決定する。

 そもそも我々の民主主義は、すべての人々が経済的機会を持つという理解なしではうまく機能しない。そして、幸いなことに現在、経済は再び上向きつつある。賃金、収入、不動産価格、そして、年金は再び上昇している。貧困率は再び下がっている。株式市場が記録的な高騰を示す中、富裕層は公正に納税している。失業率はほぼ10パーセント以下だ。無保険率は低い。健康保険の費用は上昇しているがここ50年でも緩慢な上昇だ。我々が健康保険制度に加えた改善よりも優れた計画をもし誰かがまとめることができ、安い費用でより多くの人々を対象にできるのであれば、私はそれを支持すると言っておく。
 
 なぜならそれこそ我々がやろうとしてきたことだからだ。点数稼ぎをしようとしたのではなく、多くの人々の暮らしをより良くしようとしてきたことだ。
 
 我々が真に達成したすべての進歩にもかかわらず、我々はまだそれが十分ではないとわかっている。中流階層や中流階層の仲間入りをしようとしている人々を犠牲にして僅かな少数者を富ませようとすれば、我々の経済はうまくいかない。それは経済的議論である。しかし、甚だしい不平等は我々の民主主義の理想を蝕む。1パーセントの富裕層が富を独占すれば、ダウンタウンや地方に住む多くの家庭が置き去りにされる。一時解雇された工場労働者、ウェイトレス、医療従事者は十分な給料を受け取れなくなって、世の中は不公正だと思うようになって、政府は力ある者だけの利益を考えているだけだと信じるようになる。そうなると我々の政治に諦めと分断が生まれる。

 しかし、こうした長期間にわたる傾向をすぐに変えることはできない。我々の貿易は公正かつ自由でなければならないと私は考えている。しかし、経済混乱の次の波は海外から来るわけではない。それは、多くの中流階層の仕事を奪ってしまう自動化が過酷な速さで進んでいることから起きる。

 だからこそ我々は、すべての子供達に必要な教育を保障する新しい社会契約を作ろうとしている。良い賃金のために団結する権利を労働者に与え、今の我々の暮らしに適したセーフティ・ネットを築き、新しい経済から最も利益を得る企業や人々が成功をもらたすもとになった国への義務(納税)を回避しないようにする税制を整える。

 我々は、こうした目標をどのように達成できるか論じることができる。しかし、自己満足に耽るような目標ではあってはならない。というのはもし我々がすべての人々に機会を与えなければ、我々の進歩を阻害する不和と分裂が生じて、先行きが厳しくなるからだ。

 我々の民主主義への二つ目の脅威がある。その脅威は我が国の歴史と同じく古いものだ。私が当選した後、人種差別のないアメリカに関する話題があった。そのような理想は、素晴らしいものであったが、現実的ではなかった。我々の社会の中で人種は依然として分裂の要因である。今、私は十分に長く生きたので、人種関係が10年前、20年前、30年前よりも改善されていると知っている。たとえ誰が何と言おうとも。それはただ統計を見てもわからない。あらゆる政治的党派の若いアメリカ人の姿勢を見ればわかる。

 しかし、我々はまだ到達すべきところまで到達していない。我々はすべてもっと努力しなければならない。もしあらゆる経済問題を白人勤労中産階級と取るに足らない少数派の間の闘争だと考えれば、あらゆる労働者は、富裕者が安全な敷地に引っ込んでしまう一方で、スクラップをめぐって争うようになってしまうだろう。もし我々と違っているという理由だけで移民の子供達に投資することを惜しめば、我々は自分達の子供の将来を狭めてしまう。なぜなら褐色の子供達はアメリカの労働力の大部分を占めるようになるからだ。そして、我々は、経済を勝者総取りのゲームにしてはならないと示さなければならない。去年、所得はすべての人種、すべての年代、男女ともに上昇している。

 もし我々が人種問題を前進させようと真剣に考えるのであれば、雇用、住居、教育、そして、司法における差別を禁じる法律を支持しなければならない。これこそ我々の憲法と高邁な理想が求めていることである。

 しかし、法律のみでは十分ではない。心が変わらなければならない。一夜にして変わるものではない。社会の趨勢が変わるには数世代かかることがしばしばある。しかし、もしますます多様化する国家の中で我々の民主主義をうまく機能させようとすれば、我々はそれぞれアメリカのフィクション作品のキャラクターであるアティカス・フィンチの言葉に耳を傾けなければならない。すなわち、「相手の観点から物事を考え、それを実感しなければ、決してその人を理解することはできない」。

 黒人やその他の少数派にとって、それは、公正を求める我々自身の闘争をこの国で多くの人々が直面している試練に結び付ける意味を持つ。多くの人々とは、難民、移民、地方の貧しい人、同性愛者だけではなく、外部からは有利な立場にいると見られているが、それが経済的、文化的、技術的変化によって覆されつつあると見られている中年白人男性も含む。

 白人アメリカ人にとって、奴隷制度の影響と人種隔離政策は1960年代に突然、消滅したわけではなかった。少数派が抗議した時に、人種主義を撤回させたり、政治的公正性を実践したりしたわけではなかった。平和的な抗議活動が行われた時に、特別扱いが求められたわけではなく、建国の父祖達が約束した平等な扱いを求めただけだった。

 生まれによるアメリカ市民は、今、流布しているような移民、すなわちアイルランド人、イタリア人、ポーランド人に対する偏見について考え直さなければならない。アメリカは、こうした新参者達によって弱められるわけではない。彼らはこの国の信条を認め、アメリカを強くする。どのような立場にあろうとも、我々は懸命に努力して、我々と同様に彼らがこの国を愛しているという前提から始めなければならない。我々と同じく彼らは勤労と家族に価値を見出している。彼らの子供は我々自身の子供達と同じく、好奇心を持ち、希望に満ち、愛すべき存在である。

 こうしたことは一つとして簡単なことではない。多くの人々にとって、自分と同じような政治的意見を持ち、決まりきったことに異議を唱えないような人々に囲まれた近所や大学のキャンパス、信仰の場、ソーシャル・メディアなど自分の世界の殻に閉じこもることはとても安全に思えるかもしれない。剥き出しの党派精神、経済的・地域的分断、嗜好によるマス・メディアの分裂、こうした選別はごく自然で避けがたいように思えるかもしれない。我々は自分の殻に閉じこもってしまったがために、外部の情報を参照にして意見を持たずに、真偽を問わず自分の意見にあった情報のみを受け入れてしまう。

 こうした傾向は我々の民主主義への第三の脅威である。政治は理念の戦いである。健全な議論では、我々は異なった目標や異なった目標達成の手段を尊重する。しかし、そもそも共通の基盤がなく、相手が新しい情報を認めようとしない場合において、それでも相手が公正だと譲歩して、それよりも科学や理性が重要なのだと譲歩してしまえば、互いに話していても、共通の基盤を作ることや妥協は不可能である。

 何が政治をやるせないものにしているのか。我々が企業に対して減税を行う代わりに子供達の就学前教育のためにお金を出そうとした場合、財政赤字に対して公職にある者が怒ることができようか。自党が倫理的間違いを犯している場合、他の党が同じことをしても攻撃することができようか。それは不正直であるだけではなく、事実を選り好みして歪めているだけである。それは自己欺瞞である。私の母は、現実がきっとおまえを捕まえるよとよく言っていた。

 気候変動という試練について考えよう。たった8年間で我々は外国の石油への依存を半分にして再生可能エネルギーを二倍にして、この地球を救うことを約束する協定を結ぶように世界に働き掛けた。しかし、より積極的に行動しなければ、我々の子供達は気候変動の実在を議論する時間さえなくなるだろう。子供達は、天災、経済停滞、安全な場所を求める気候変動による難民などその影響に忙殺されるようになるだろう。

 今、我々はこの問題の最善の解決策について議論できるし、否、議論すべきである。この問題そのものを否定するだけではなく、将来世代を裏切ることは、建国の父祖達を導いてきた問題解決の実践と革新の本質的精神を裏切ることである。

 啓蒙主義から生まれたこの精神こそ、我々の経済に原動力を与える。この精神こそキティ・ホーク(ライト兄弟が人類最初の有人動力飛行に成功した場所)とケープ・カナベラル(NASAの宇宙ロケット発射基地がある)での飛行を可能にした。その精神こそ疾病を治療し、あらゆるポケットにコンピューターを入れた。

 この精神、すなわち、理性への信念、企業精神、そして、力よりも正義を優先することが大恐慌において全体主義と専制から我々を救い、他の民主主義国家とともに第二次世界大戦後の世界と軍事力や国際関係だけではなく原理に基づく秩序を築いた。それは、法の支配、人権、信教の自由、言論の自由、集会の自由、そして、報道の独立という原理である。

 そうした秩序が今、脅かされそうとしている。イスラムを代弁していると主張している暴力的な狂信者によって。さらに自由市場、開放的な民主主義、市民社会を権力への脅威と見なした諸外国の独裁者によって。我々の民主主義に突き付けられた危機は自動車爆弾やミサイルよりも深甚である。それは変革への恐れを示しているからだ。すなわち、違った外見や話し方、祈り方をする人々への恐れ、権力者に説明責任を負わせる法の支配の軽視、異なる意見や自由な考え方への不寛容、剣、銃、爆弾、もしくはプロパガンダが真実と正義の審判者であるという信念。

 兵士達、諜報員、警察官、外交官の並外れた勇気のお蔭で、いかなる外国のテロ組織も我々の国土にこの8年間、攻撃を仕掛けることができなかった。ボストンとオーランドは過激思想がいかに危険かを我々に思い出せるが、警察機構はより効率的に警戒に当たっている。我々はビン=ラディンも含めて数万人のテロリストを排除した。我々が結成したイスラム国に対する全地球的な同盟は、彼らの指導者を排除し、領域を半分程度、奪った。イスラム国は根絶されるだろう。そして、アメリカを脅かす者は誰一人として安全ではいられなくなる。すべての職務に励む公職者に言いたい。あなた達の最高司令官になれたことは私の生涯の誇りである。

 しかし、我々の生活を守るためには軍隊だけでは十分ではない。民主主義は、我々が恐怖に負ければ倒壊する。我々は市民として外部からの侵入に注意し続けなければならず、我々自身の根源である価値観を弱めようとする動きから身を守らなければあんらない。だからこそここ8年間で、我々は確固とした法的根拠に基づいてテロに対して戦ってきた。だからこそ我々は拷問を終わらせ、グアンタナモ基地を閉鎖しようとし、プライバシーと市民的自由を守るために調査方法に関する法律を改正した。だからこそ私はイスラム系アメリカ人に対する差別を拒んだ。だからこそ我々は、民主主義、人権、女性の権利、同性愛者の権利を世界に広める戦いから退くことはできない。いかに我々の努力が不完全なものであっても、いかにそのような価値を無視したほうが好都合であってもだ。過激思想や不寛容、分断主義と戦うことは、独裁主義や国権の侵害と戦うことである。もし自由の領域と法の支配の尊重が世界中で退行すれば、国家内、もしくは国家間の戦争が起きる可能性は高まり、我々自身の自由も最終的に脅かされる。

 恐れず常に警戒心を怠らずにいよう。イスラム国は無実の人々を殺そうとしている。しかし、我々が戦いにおいて憲法と原理を放棄しない限り、彼らはアメリカを打ち負かせない。もし我々が我々が拠って立つものを放棄して小国を虐める単なる大国になり下がらなければ、ロシアや中国といった競合国は世界における我々の影響力に勝てない。

 最後に述べておきたいことがある。我々の民主主義は、民主主義が当然のものだと思ってしまえば脅かされる。我々すべては党派にかかわらず、我々の民主主義体制の再構築に献身すべきである。進んだ民主主義政体で投票率が低下しているなら、我々は投票を難しくするのではなく簡単にしなければならない。我々の政治制度に対する信頼が低迷しているなら、政治への腐敗したお金の影響力を削ぐのではなく、公職者の透明性や倫理といった原理を強調すべきである。連邦議会が機能麻痺に陥った場合、我々は過激思想ではなく良識を説くように政治家に選挙区で働き掛けなければならない。

 これらすべてのことは我々が積極的に関与することにかかっている。党勢の変動にかかわらず、我々はそれぞれ市民の責務を背負っている。

 我々の憲法は優美な贈り物である。しかし、それは羊皮紙の断片に過ぎない。それ自体で力を持っているわけではない。我々人民が憲法に力を与える。我々がいかに関わるか、そして、我々がいかに選択するかで憲法に力が与えられる。我々が自由のために立ち上がるか否かにかかっている。我々が法の支配を尊重して強化するか否かにかかっている。アメリカは不安定な存在ではない。しかし、自由を求める我々の長い旅が前進しているかどうかは定かではない。
 
 告別の辞でジョージ・ワシントンは次のように書いている。自治こそ我々の安全、繁栄、そして、自由の要だが、「あなた達の心の中にあるこうした真実への信頼を揺るがそうと、異なる主義と異なる方針を持つ者達が多大な労力を払う」。我々はそれを「不断の警戒」で守るべきである。我々は「我が国の一部の人々をその他の人々から離反させ、神聖な絆を弱めようとするあらゆる試みの兆し」を摘むべきである。

 こうした絆を弱めてしまって我々が政治的対話を不真面目なものにしてしまえば、優れた資質を持つ人々が公職者にならなくなってしまう。下品に騒ぎ立てれば、我々と異なる意見を持つアメリカ人は誤って導かれ、悪意を持つようになるかもしれない。我々が一部の人々をよりアメリカ人らしいと評価すれば、絆が弱まってしまう。我々が政治制度全体がどうしようもなく腐敗しているのだと書き、我々自身が選び出したことを忘れて指導者を非難するようになれば、絆が弱まってしまう。

 我々が一人ひとり民主主義の不断の見張り番にならなくてはならない。我々は、偉大なる我が国を改善する絶え間のない仕事に取り組まなくてはならない。我々すべてが外面的な違いを持っているからこそ、我々は市民という同じ誇り高き称号を共有しなければならない。

 我々の民主主義が求めるものは結局、何か。民主主義にはあなた達が必要だ。単に選挙の時だけではなく、あなた達自身の狭い利害が危機に瀕して時だけではなく、生涯にわたって必要とされている。もしあなた達がインターネットで見知らぬ人々と議論するのに飽き飽きしていたら、現実の生活で誰かと話してみればよい。もし何か改善する必要なことがあれば、気を引き締めて何かやってみたらよい。もしあなたが選出した公職者に落胆したなら、板を掴んで署名を集めて自分自身で立候補してみたらよい。前に出ろ。熱心にやれ。諦めずに続けろ。時にはうまくいくこともある。時にはうまくいかないこともある。他人の善意を信じることはリスクがあるし、うまくいかなくてがっかりすることも何度もある。しかし、幸いにも我々はそうした努力の一部を担うことができ、間近で見守ることができ、激励することもできる。そして、それ以上に、アメリカへの、そして、アメリカ人への信頼が固くなるだろう。

 私の場合もそうだった。8年間にわたって私は、若い卒業生達や新しい軍の士官達の希望に満ちた顔を見てきた。答えを探してチャールストン教会で慈悲を得た悲しい家族達を悼んだ。科学者達が麻痺を患った男性に感覚を取り戻させ、負傷兵を再び歩かせたのを見た。医師達やボランティア達が地震の後、トラックで疫病の大流行を止めようとしたのを見た。難民が平和に働き、家族を見つけられるようにするべきだということを幼い子供達が我々に思い出させてくれたのを見た。

 普通のアメリカ人が変革を起こす力を持っているというこれまでの私の信念は、私が想像できない方法で報いられた。あなた達もそう思うように願う。ここに集ってくれたあなた達や家でテレビを見ている人々の中には、我々とともに2004年、2008年、2012年も一緒にいてくれた人がいるかもしれない。これですべて終わりだと思っていないはずだ。あなた達だけではない。ミシェルもだ。25年間にわたって、君は私の妻であっただけではなく、子供達の母であり、最良の友であった。君は求められていない役割でも進んで務め、自分の仕事を素敵に、かつユーモアたっぷりにこなした。君はホワイト・ハウスをすべての人々のものにした。新しい世代は、君を見倣って目標を高く持つようになるだろう。君は私の誇りだ。君は国の誇りでもある。

 マリアとサーシャは大変な状況下でも2人の素敵な女性になった。賢明で美しいが、もっと大事なことに親切で思いやりがあり、情熱がある。スポットライトの中で君達は年相応の重みを身に付けてしまったよ。私の人生の中で最も誇らしいことは、君達の父親になれたことだよ。

 ジョー・バイデンへ、スクラントンから来た腕白少年はデラウェアの大事な息子になった。あなたは私が最初に指名した人物であり、最善の選択だった。あなたが偉大なる副大統領であったからだけではなく、私にとって兄弟みたいな
ものだったからだ。ジル、我々はあなたを家族のように愛している。そして、あなたの友情は私の人生の中で最も大きな喜びの一つだ。

 私の優秀なスタッフへ、8年間、中にはもう少し長い年月、私はあなた達に尽力してもらったし、毎日、努力していたあなた達を思い出すと、真心、品格、信念が見える。私はあなた達の成長を見てきた。結婚し、子供を持ち、あなた達自身の新しい旅を初めてきたのを。つらい時でもあなた達はワシントン政界を利用しなかった。あらゆることの中でも私が誇りに思うことは、これからあなた達がきっと素晴らしいことを成し遂げるだろうという期待だ。

 離れた場所にいるあなた達すべてへ、迎え入れてくれる見知らぬ街や家族に入るあらゆる社会活動家、あらゆるドアをノックするボランティア、初めて投票するあらゆる若者、変革という困難な仕事に邁進するあらゆるアメリカ人へ、あなた達は望み得る限りの最善の支持者であり社会活動家であり、私は永遠に感謝している。なぜならあなた達は世界を変えるからだ。

 だからこそ私は、我々が始めた時よりもこの国の行き先が明るいと信じて今夜、この場を降りることができる。なぜなら私は、我々が行ったことが多くのアメリカ人を助けただけではなく、多くのアメリカ人、特に離れた場所にいる遠くの若いアメリカ人を変革を成し遂げることができると信じること、高邁な理想を抱くことで勇気付けたことを知っているからだ。利他的で、他愛的で、創造的で、愛国的な世代が登場している。私はそうしたあなた達を国のあらゆる場所で見ている。あなた達は、公平で公正で懐の深いアメリカを信じている。あなた達は絶え間のない変化こそアメリカの証だと分かっているはずだ。恐れずに取り組め。そうすればあなた達は民主主義を前進させるという困難な仕事を達成できる。きっとすぐにあなた達は我々を数で凌駕するだろう。そして、その結果、未来はより良き手に委ねられると私は信じている。

 我が同胞アメリカ人よ、あなた達のために奉仕できたことは私の生涯の誇りである。私は立ち止まらない。事実、私はあなた達と市民として残る日々をあなた達とともにあるつもりだ。さしあたって今は、老若を問わず、あなた達の大統領として最後に求める。8年前にあなた達が私に機会を与えてくれた時に求めたのと同じことを。

 信じるように求める。私に変革を起こせる力があるのではなく、あなた達に変革を起こす力があることを。

 建国の文書に書かれている信念を抱くように求める。奴隷と奴隷制廃止論者によって囁かれてきた理想を。移民と自作農、公正を求めて行進した人々のよって歌われた精神を。外国の戦場から月面まで国旗を打ち立てた者達が再確認してきた信条を。未だに話に書かれていないあらゆるアメリカ人の中核にある信条を。

Yes We Can.
Yes We Did.
Yes We Can.

 ありがとう。あなた達に神の祝福あれ。そして、神がアメリカ合衆国に恩恵を与え続けてくれるように。

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2016年12月31日土曜日

歴史関連の本の良し悪しの基準

 私は歴史関連の本の良し悪しを決める時に三つの明確な基準を持っている。

一つ目の基準 考えたことか、単に知っていることか


 著者の考えたことが書かれているか。それとも著者が単に知っていることが書かれているか。
 どういうことか。絵にたとえる。ゴッホの『ひまわり』がなぜ評価されているのか。ゴッホが東洋や西洋の画法を研究してそれを独自の技術に昇華して『ひまわり』を生み出した点にある。
 仮に今、私がゴッホの『ひまわり』を完全にコピーできても評価されるだろうか。歴史関連の本でも同じことが言える。
 例えばある歴史事件を取り扱う本について考えてみたい。著者が先に書かれたものを読んで知ったことを書いているだけでは評価されない。独自に史料を読み、新しい知見を少しでも加えないといけない。
 城郭学者の千田先生が言っていたことを思い出す。千田先生の講演会に参加した人が、芸能人がテレビか何かで発言した内容と同じことを千田先生が喋っているという感想を書いた。
 その芸能人は明らかに受け売りなので単に知っているだけに過ぎない。考えたことではない。その感想を書いた人はきっとそれが分かっていなかったのだと思う。
 『ひまわり』をゴッホが描いたと知らない人がいたとしよう。その人に私が模写した『ひまわり』を見せたらどうか。感心するかもしれない。でもゴッホが描いた『ひまわり』のほうが優れていることは言うまでもない。
 ただ絵画の真贋を見極めるには鑑定眼が必要となる。歴史関連の本を読む時も同じ。著者が知っていることがただ並んでいるだけなのか、それとも考えたことが含まれているのか。

二つ目の基準 フォーカスが合った写真か、ピンぼけの写真か


 富士山の写真を撮るとしよう。綺麗に富士山が見える撮影ポイントを探して、カメラを据えてシャッターを切る。きっと素敵な写真が撮れるだろう。リアルな富士に近い写真になるだろう。
 でも富士山を撮った写真をさらにカメラで撮ったらどうだろうか。確かに富士山の写真にはなるがオリジナルよりもピンぼけになることは間違いない。
 歴史関連も同じで、一次史料をできるだけ見ないとピンぼけになってしまう。写真の写真になってしまう。だからこそできるだけフォーカスが合ったものを読まなければならない。歴史的事件を扱った本などは、詳細についてごまかさず、ああ、こうなっていたのか!とすっきりする本が良い。

三つ目の基準 思想的に偏りがないか


 著者本人がどのような思想を持っていようがそれは自由である。ただたとえ自分と異なる価値観に基づく見解であっても何らかの形でそれは織り込まないといけない。
 Aという説もあるが、Bという説もある。そのようにして読者が判断できるように選択の余地を残しておかなければならない。もしくは良い点もあるが悪い点もあるというようにバランスを取る。
 なぜなら歴史は単なる暗記物ではなくて、様々な手掛かりから本当は何があったのか読み解くものだからだ。言ってみれば推理小説に近い。
 初めから犯人も仕掛けもすべて分かっている推理小説は面白いだろうか。読者に推理の楽しみがあるからこそ推理小説は面白いのではないか。歴史もそれと同じで、幅広い視野で読者にあれこれと考えさせる本のほうがきっと良い。

2016年12月24日土曜日

歴代アメリカ大統領とトランプの比較

はじめに


 トランプについてはまだ研究が進んでいない。なぜなら現在進行形なので分析材料が十分ではない。ただ現状で分かる範囲で歴代大統領との類似性を考えみたい。
 私がトランプとの類似性を認めるのは、アンドリュー・ジャクソンセオドア・ローズヴェルト、そして、ロナルド・レーガンの三人。三人の詳細についてリンク先の私のホームページを見て欲しい。ではひとり一人見ていこう。


アンドリュー・ジャクソンとの類似点


 類似点その一、ワシントン政界のアウトサイダー


 ジャクソニアン・デモクラシーという言葉がある。どういう言葉か。大統領制度に限って言えば、アメリカ大統領がより大衆の手によって選ばれるようになったことを指す。
 建国期、アメリカ大統領を選んでいたのは実質的に政党の幹部や州議会であった。政党の幹部が大統領候補を擁立する。そして、州議会が選挙人を選ぶ。つまり、一部の人が大統領を選んでいた。
 しかし、ジャクソンの時代になってそれが大きく変わった。選挙人が一般投票で選ばれるようになった。詳しくは私のホームページの選挙人制度の解説を読んで欲しい。
 さらにジャクソンはワシントン政界の人間ではない。ジャクソン以前の6人の大統領はすべて政界の中枢で政治経験を積んでいる。

  • ジョージ・ワシントン―憲法制定会議議長
  • ジョン・アダムズ―副大統領
  • トマス・ジェファソン―閣僚・副大統領
  • ジェームズ・マディソン―閣僚・副大統領
  • ジェームズ・モンロー―閣僚
  • ジョン・クインジー・アダムズ―閣僚

 つまり、ジャクソンは完全なワシントン政界のアウトサイダーで初めて大統領になった人物である。トランプも完全なアウトサイダーである。

 類似点その二、実利誘導的な政策


 次にジャクソンはこれまでにない支持層を持っていた。代表的なのは西部の白人自作農である。彼らは東部のエスタブリッシュメント(支配階層)に不満を抱き、その体制にノーを突き付けた。
 ジャクソンはこれまで無視されてきた彼らの代弁者を務めた。代弁者という役割は、時代を経るについれ大統領の重要な資質になる。トランプにもそういう資質がある。
 ジャクソンは彼らの声を背景に合衆国銀行を廃絶した。合衆国銀行は東部の投資家が西部の自作農から富を強奪する手段に他ならないという論理である。合衆国銀行の内実を見れば必ずしもそうとは言えない。しかし、人々の願望を満たす政治家が高く評価される。たとえそれが第三者から見れば不公正な願望であっても。
 さらによく知られているようにジャクソンはネイティヴ・アメリカンを西部に強制移住させている。第三者から見ればそうした政策は不公正だが、西部の白人自作農から見れば最高の恩恵である。
 トランプの政策も似たようなものになるかもしれない。合衆国全体の調和ではなく、支持者に恩恵があるかどうかで政策を選択する。もしくは支持者の人気を得やすい政策を選択するかもしれない。そうすればトランプ自身、もしくはその周囲にいる人間が本当に実現したい政策を実行しやすくなる。

 類似点その三、強権的な手法

 


 ジャクソンは非常に気性が激しいことで知られていた。決闘をよくしたことでも知られている。敵対する者は容赦なく叩く。そういう性格である。
 ジャクソンの個性は政策にも反映されている。関税をめぐってサウス・カロライナ州が連邦法は無効だと言い出した時、ジャクソンは軍事力をちらつかせながらサウス・カロライナを従わせた。
 こうした強権的な手法は多くの敵を作り、「アンドリュー1世」と揶揄されている。それはトランプが「トランプ1世」と揶揄されているのと同じである。 ジャクソンは合衆国銀行をめぐる強権的な手法で批判を浴びた。今後、トランプが外交なり、核軍備なり、国内政策なりを強権的な手法で推し進めれば、きっとこうした「アンドリュー1世」の風刺画が甦ることになるだろう。







セオドア・ローズヴェルトとの類似点


 類似点その一、政治的アレキサンダー

 
 政治的アレキサンダーとは従来の政治の仕組みを根本的に変えようとする者のことを指す。私が作った用語である。詳しくは私の解説を読んで欲しい。
 ローズヴェルトが生きた時代は、アメリカ政治において議会が最も力を持った時代であった。大統領は単なる行政府の番人でしかなかった。それをローズヴェルトは根本的に変えた。
 大統領は自らの政策を議会で立法化する必要がある。そのため議会を説得しなければならない。そうなると本来、説得すべき相手は議会である。しかし、ローズヴェルトは議会ではなく人民を説得しようとした。つまり、人民を動かすことで間接的に議会に圧力をかけて自らの政策を実現する手段とする。
 つまり、これまでにない新しい仕組みをローズヴェルトは作ろうとした。そうした意味でローズヴェルトは政治的アレクサンダーである。
 トランプも同じく、ツイッターでよりダイレクトに、よりリアルタイムに、よりパーソナルに支持者に訴えかけることで既存のマス・メディアと対抗する構図を作り上げている。そうした意味で政治的アレクサンダーである。

 類似点その二、共和党内の非主流派

 
セオドア・ローズヴェルトは、当時、勃興していた革新主義の代表的な政治家の一人であった。革新主義とは簡単に言えば、19世紀後半に拡大しつつあった経済格差を是正すべきだという大衆運動である。
 ローズヴェルトは着実に政治経歴を積み重ねつつあったが、どちらかと言えば実業界よりの共和党の主流はから胡散臭い眼で見られていた。そこで閑職と考えられていた副大統領にローズヴェルトを据えることで大人しくしてもらおうと考えた。
 その当時、大統領候補や副大統領候補の選出方法は、スモーキング・ルームという表現があるように、煙が充満した部屋で党の幹部が議論を交わした末に決定するという方法であった。そのため党の幹部はローズヴェルトを副大統領に据えることができた。
 これでローズヴェルトも大人しくなるだろうと党の幹部は期待したが、予想外のことに、ウィリアム・マッキンリー大統領が暗殺され、ローズヴェルトが副大統領から昇格して大統領になってしまった。党内の中でも予想外の者が大統領になってしまったと言える。この点はトランプと非常に似ている。
 ローズヴェルトは大統領退任後、後継者のウィリアム・タフトと革新主義的な政策をめぐって袂を分かつ。そして、あろうことか再選を目指すタフトに対抗して自ら大統領選挙に打って出た。
 しかし、ローズヴェルトは共和党大統領候補指名を獲得できず、第三政党の候補として出馬した。その結果、タフトの票を大幅に奪う結果になって、ウッドロウ・ウィルソンの勝利に加担した。こうした非主流派という点で、ローズヴェルトとトランプは類似点がある。
 ただ違う点もある。ローズヴェルトは「独占禁止法取締官」の異名を持つように、実業界に対して厳しい姿勢で望んだ。
 その一方でトランプの場合、実業界の取り締まりの基準は、独占ではなく、アメリカに雇用をもたらすかどうかだ。保護関税を設定して、メキシコに工場を移転させるような企業には厳しい制裁を科すという考えだが、これは必ずしも実業界全体に対する厳しい姿勢とは言えない。むしろアメリカ人の雇用が増えて国内需要が高まることを期待する企業人は多いだろう。

 類似点その三、棍棒を持って穏やかに話せ


 セオドア・ローズヴェルトの有名な「棍棒外交」のキーフレーズである。つまり、軍事力、特に海軍力を背景にして外交を進めればうまくいくという手法である。
 トランプの場合、まず無理難題のように思えるような主張を行う。つまり、とりあえず相手を強く殴って次に相手がどう出るか反応を見る。そして、反応からどの程度の要求が押し通せそうか見極める。
 核軍備に関する発言にもそうした背景があるかもしれない。現代では、「棍棒」は海軍力ではなく核兵器である。今の時代になおせば「核兵器を持って穏やかに話せ」だろうか。穏やかな話し方で済むかどうかは分からないが。
 ローズヴェルトの場合、パナマ運河をめぐる動きから分かるように、棍棒を実際に振るう時もあった。それはパナマ運河の掌握がアメリカの勢力圏を維持するために重要だと考えたからだ。
 トランプはどうだろうか。世界の警察を辞めると言っているが、アメリカの重大な利益に関わる場合はローズヴェルトと同じく棍棒を振るうかもしれない。おそらく「人道主義」といった曖昧なものでは動かないだろうが。

ロナルド・レーガンとの類似点


 類似点その一、偉大なる伝達者


 レーガンはラジオの司会者をしていたことでよく知られている。レーガンが若い頃はラジオがマス・メディアの花形であった。つまり、レーガンは大衆にどのようにコミュニケートすればよいか理解していた。そのため「グレート・コミュニケーター」という異名が付いている。
トランプの場合はテレビになる。テレビをいかに使うかを理解している。さらにツイッターの利用でも分かるようにインターネットも駆使している。
 レーガンとトランプの共通点は、言辞が過激であることだ。過激であると同時に分かりやすい。冷戦末期においてレーガンは、ソ連を「悪の帝国」と呼んで激しく非難したことは有名である。しかし、その一方でベルリンでゴルバチョフに対話を呼び掛けた演説も有名である。つまり、硬軟両方を使い分ける手法である。
 トランプも大統領選挙の最中に過激な発言を繰り返しているが、後に一部を修正したり、穏当な方向に変更したりしている。風見鶏のように各所の反応を見て動いていると言える。

 類似点その二、大きな軍事力を持つ小さな政府


 レーガンの政治思想の中核は、連邦政府という存在自体が重荷になっているという発想である。徹底的に無駄を省いて小さな政府を実現するべきだという考え方である。
 トランプも同じ発想の流れを汲んでいるようである。それは国防総省における莫大な事務経費の問題について発言していることから窺える。
 ただレーガンはSDI構想で知られるように軍事費については拡大を容認したと言える。それはトランプも似ているかもしれない。
 もちろんただ軍事費を拡大すれば財政が悪化してアメリカ経済のマイナス要因になりかねない。そこで登場するのが核戦力の増強である。
 つまり、通常戦力を削減して、その削減分を各戦力で補うという考え方である。トランプが実際にそのような政策を実行するかは未知数だが、レーガンと同じ道を進む可能性は大いにある。

 類似点その三、高齢の大統領


 2017年1月20日に就任することでトランプはこれまでレーガンが持っていた最高齢就任記録を塗り替える。高齢という点で両者は共通点を持つ。
 レーガン政権で問題になったのは大統領の健康問題である。ウッドロウ・ウィルソンは政権末期にほとんど政務ができない状態に陥ったが、権限の移譲は行われなかった。レーガンの暗殺未遂事件の時に治療を受けているが、その時、副大統領に権限が正式に移譲されることはなかった。そのことで批判を受けたレーガンは、手術をする際に副大統領のジョージ・H・W・ブッシュに正式に権限を移譲している。
 トランプがどのような健康状態にあるかは分からない。実は大統領の健康状態はあまり知られることはない。グロヴァー・クリーヴランド大統領は喉頭癌の手術を秘かに行っているし、フランクリン・ローズヴェルト大統領は歩行困難であったが、それを知る者はほとんどいなかった。車椅子を使用していたが、そうした様子を捉えた写真は非常に少ない。またジョン・ケネディ大統領も様々な健康問題を抱えていたが、表面上は若く溌剌とした大統領であった。
 したがって、トランプも今のところ何も健康に問題がないよう見えるが、本当にそうだとは限らない。大統領が職務執行が困難になった時にどうするかは憲法上、規定があるが、これまでそうした規定が適用された例はない。
 トランプは就任時に既に歴代アメリカ大統領の平均寿命を迎えている。トランプの身に何かあれば、どのように憲法上の規定が適用されるのかをめぐって混乱が生じる恐れがある。

2016年12月22日木曜日

大統領選挙に関する報道から見えた日本のテレビの問題点

 RealClearPoliticsというサイトがある。このサイトは日本のテレビがアメリカ大統領選挙に関して報じる時にこぞって利用したサイトだ。画面上によくこのサイトの選挙人マップが出ていた。
 私もこのサイトをよく使っていたので中身はよく知っている。確かに便利なサイトだ。このサイトには膨大な情報が示されている。その情報を一つ一つ読み解けば、とても良い分析が得られるだろう。ただまとめられた結果を表面的にしか見ずに鵜呑みにしてはいけない。
 鵜呑みにしてただ右から左に流すだけ。それが日本のテレビのやったことだ。
 なぜそれだけで片付けてお終いなのか。分析できる人に話をきちんと聞けばより良い報道ができるのではないか。
 それができないのは、テレビと知識を持つ人々、特に様々な分野の研究者との間に分断があるからだ。

 例えば、あるテレビで日本史のあるテーマについて特集するとしよう。テレビの製作会社のスタッフがいろいろと調べる。それを構成作家が台本にまとめる。そして、次に内容のチェックを研究者に依頼する。
 問題点は最後の段階。残念ながら製作会社のスタッフは、専門分野について詳しく知っているわけではない。その結果、誰にチェックを頼むべきか分からない。そこで簡単に連絡が付く人に頼む。
 その結果、広く言えば確かに専門は日本史だが、そのテーマについては特に詳しくない研究者に依頼が届くことになる。もしくは日本史なら何でもかんでもこの人というおかしな状況になる。
 いざチェックとなっても研究者は台本そのものについて口出しはできない。どういうことかと言えば、台本に記載されている内容が事実と合っているか確認することはできても、例えば台本の構成自体を変えることはできない。つまり、この人物についてはここが重要なポイントだから外すべきではないといった意見は通らない。
 しかも困ったことに事実か否かの判断基準がスタッフと研究者では根本的に考え方が違う。異次元と言っても良い。
 スタッフの考えでは、ある話が本に載っているか否かが問題となる。つまり、どんなに荒唐無稽な話でも本に載っていれば「事実」となる。研究者は、たとえ何かが本に載っていてもそれが本当かどうかを様々な角度から検証する。本に載っている話=事実ではない。
 番組を作る側からすれば、視聴者が面白ければそれで良い。面白い番組が手っ取り早く作れれば良いわけだ。その結果、番組側が提供した台本をただ追認するだけのイエスマンが歓迎される。これはニュース番組に出てくるコメンテーターも同じ。

 大統領選挙でもテレビが紋切り型と思える報道ばかりしていた。海外のニュースはほとんどが通信社のネタをそのまま流しているだけのように見える。労を惜しまず、きちんと分析できる人を探して聞くべきだろう。同じ外交評論家とか政治評論家ばかり使い回すのではなく。そういう何でも話せる評論家はテレビにとって使い勝手が良くて都合が良いかもしれないが、視聴者には何のメリットもない。
 専門家は話が難しい。そう経験する向きもあるかもしれない。ただ専門家も一般向けにやさしく解説して下さいと言えばきちんとできる人もいる。
 結局、テレビ番組は作る側の都合ばかりが優先されていて視聴者は置き去りにされている。表面上は視聴者に対して腰が低い姿勢を装っているが、内実はそうではない。すべてのテレビ局がそうとは言わないが、私が経験したことがある。
 以前、私は大統領就任式をワシントンまで見に行った。あるニュース番組から出演できるか否か問い合わせがあった。私がその時間はまだ飛行機に乗っていると断ると次のように言われた。

「今回は残念でしたね」

 何が残念かよく分からなかったので私は聞き返した。

「残念とは何のことですか」

 すると驚くべき言葉が返ってきた。

「あなたが出演ができなくて残念でしたが、また機会はありますから」

 番組のほうが出演してもらえなくて残念ですと言うなら分かる。まさか私のほうが残念がらなければならないとは。正直、残念なことは何もない。
 それに気になるのが、言葉には出さないが、どうせ視聴者は難しいことは分からないだろうという態度が根底にあること。
 こうした体質を何とかしなければテレビを代表とするマス・メディアの不信感が払拭されることはないだろう。大統領選挙に関する報道でより多くの人々があらためてマス・メディアの在り方について考え直したはずだと私は信じたい。

議員の報酬について考える

 どのように国会議員の報酬を決めるべきか。私は参議院と衆議院で分けるべきだと考えている。簡単に言えば、参議院は報酬を高額に、衆議院は任期を短く報酬を減額。
 なぜそのように考えるのか。まず衆議院。衆議院は参議院に優越するという原則がある。そうした原則が許されるのは、衆議院がより民意を反映していると考えられているからだ。
 では民意を反映するということはどういうことだろうか。より多くの階層の人が議員になれるようにすることだ。どうすればよいだろうか。
 一つの論として、議員報酬を高くすれば、誰でも議員になることができるという論がある。でもそれでは議員報酬を目当てに議員になろうという者が出てくる。また議員報酬があまりに一般人の報酬とかけ離れてしまえば、庶民的な感覚が失われてしまう。
 もちろんあまりに議員報酬を削れば、本当に議員になりたくても生活が貧しいためになれないという人が出てくる。また議員の地位を保つために出費がいろいろと必要かもしれない。
 しかし、そうした考えは議員を生計を立てるための職業として考えているからだ。衆議院は非職業政治家の場にしたほうが、より民意を正確に反映できる。例えば会社員が衆議院議員を1年務めた後でまた会社に戻れるような制度があればどうか。衆議院議員であれば気軽に立候補できるようにすればどうか。
 ただ民意を反映することがいつも正しいとは限らない。政策や法案の是非を判断するにあたってそれなりの政治経験が必要な場合もある。そうした政治経験が必要な場合は、参議院に任せればよい。つまり、衆議院と参議院で立法行為を分担する。
 職業政治家として身を立てる場合はそれなりにお金が必要だろうから参議院は報酬を高くする。職業政治家を目指す者は衆議院でそれなりに研鑽を積んでから参議院に出馬する。非職業政治家の府である衆議院と職業政治家の府である参議院で機能分化する。現状では、二院制のメリットが十分に活かされていない。
 民意がいつも正しいとは限らず、さりとて職業政治家がいつも正しいとは限らない。そこで衆議院と参議院をまったく異なる利益代表として分立させる。言うなれば混合政体である。