今後の大統領制度を変える選挙人投票

トランプの勝利宣言

「やったぞ!俺の支持者達よありがとう!正式に勝利したぞ。偏向した不正確なメディアは何と言うか知らんけどな」

 トランプが選挙人投票の結果を踏まえて勝利宣言。1月6日に連邦議会で開票されるまで確定したわけではないが、現地時間12月19日時点でトランプは正式に次期大統領に選ばれたと言える。


不誠実な選挙人は何人出たか


 今回の選挙人投票の注目点は、不誠実な選挙人が何人出たかだ。「何人の不誠実な選挙人が出たか」と既に報じられている。

 それによれば、合計で7人。これは近年の大統領選挙では異例の数。内訳は、「ワシントン州の民主党の選挙人4人、ハワイ州の民主党の選挙人1人、そして、テキサス州の共和党の選挙人2人」である。ハワイ州の民主党の選挙人1人を除けば私の事前の予想通りだ。

 では誰に投票したのか。ワシントン州では、3人の民主党の選挙人がヒラリーではなく、元国務長官のコリン・パウエル(共和党員)に投票。これは1960年にヘンリー・アーウィンが採用した策と同様。詳しくは「不誠実な選挙人の実例」を参照のこと。もしくは先にここで書いた記事を参照のこと。

なぜ民主党員が共和党員のパウエルに投票したのか


 まず立候補もしていない者に投票人が投票すること自体は、近年は珍しくなったとはいえ、歴史的に見れば珍しいことではない。だからパウエルが大統領選に立候補しているか否は問題ではない。法的に言えば、本人が立候補しなくても選挙人が投票さえすれば大統領になれる。

 実は建国期の大統領選はそうだった。本人が立候補の意思を表明することはなく、選挙は進められていた。自分から官職を求めることは品位を損なうと考えられていたからだ。あくまで周囲の懇請を受けて大統領職を受諾するという形が望ましかった。

 こうした背景から選挙人は、憲法上の資格要件さえ満たす者であれば誰にでも投票できる。極言すれば自分自身に投票することさえできる。

 それはさておき民主党の選挙人が共和党員のパウエルに投票することに何か意味はあるのか。これはトランプの大統領就任に対する抗議の意思表明である。そして、共和党内のトランプを快く思っていない人々に対する呼び掛けでもある。

 今更、ヒラリーを当選させることは難しい。共和党員の協力も得られない。しかし、トランプよりも穏健な共和党員に票を投じるのであれば意味がある。民主党員だけではなく共和党員の支持も得られるだろう。

 パウエルへの投票はトランプの大統領就任に対する抗議の意思表明として歴史に記録されることになる。選挙人投票は政治的声明の表現手段と言える。


 ワシントン州の残る1人の選挙人はネイティブ・アメリカンの活動家に投票している。これはおそらくトランプの人種差別的発言に異を唱える意味が含まれているだろう。

追記:「フェイス・スポッティッド・イーグルとは何者か

 ネイティブ・アメリカンの活動家はフェイス・スポッティッド・イーグルという女性はヤンクトン=スー族の生まれという。イーグルに投票した選挙人はピュアラップ族出身、つまり、ネイティブ・アメリカンの一員のようだ。
 スポッティッド・イーグルはこれまでパイプラインの敷設反対やネイティブ・アメリカンに対する暴力などに抗議する運動を展開してきたらしい。
 不誠実な選挙人は、ヒラリーの環境政策に疑問を感じてフェイス・スポッティッド・イーグルに投票したようだ。トランプも嫌だがヒラリーも嫌なのでそういう選択に至った。


 注目すべきなのはハワイ州の民主党の選挙人。ヒラリーではなくバーニー・サンダースに投票している。これは民主党内への批判であると考えられる。もしヒラリーではなくバーニーを民主党大統領候補に選んでれば勝てたはずだという意見表明だろう。

共和党の不誠実な選挙人の選択から見えること


 では共和党の不誠実な選挙人の2人は誰に投票したのか。ジョン・ケーシックロン・ポールだ。つまり、トランプ以外の共和党員に投票している。この2人の選挙人の主張は明解である。

 自分達はトランプは裏切ったが共和党を裏切ったわけではない。だから不誠実ではない。

 彼らが選挙人に選ばれた時点ではトランプはまだ共和党大統領候補指名を獲得していなかった。つまり、共和党大統領候補に投票することを約束したが、トランプに投票するとは言っていないということだ。彼らは、トランプを選んだ共和党内に対する不満を表明したと言える。

追記:
 不誠実な選挙人はどういう罰を受けるのか。ワシントン州では1,000ドルの罰金刑。ハワイ州では不誠実な選挙人を禁じる規定はあるが罰則はない。テキサス州では不誠実な選挙人に関する規定がない。

追記:
 副大統領に対する選挙人投票でも不誠実な選挙人が同じように出ている。

他にもいる「不誠実な選挙人」


 「不誠実な選挙人」 というのは法的に明確に定義された言葉ではない。一般投票の結果に背いて投票する選挙人をそう呼ぶが、過去に訴訟が起きた例はない。したがって、「不誠実な選挙人」という呼称は、政府機関によって説明が加えられているものの、「あなたは不誠実な選挙人です」というように何らかの公的な認定を受けるわけではない。

 上記の7人の他にもさらに7人が不誠実な選挙人になろうとした。しかし、州法に基づいて別の選挙人に交代させられたり、もしくは州法に基づいて再投票を求められたりした結果、不誠実な選挙人になれなかった。

 メーン州の選挙人の1人はヒラリーではなくバーニーに投票したが、認められず、ヒラリーに投票し直した。ジョージア州では、トランプ以外の共和党員に投票しようとした者が投票直前に交代させられた。ミネソタ州では1人の選挙人がサンダースに投票しようとして交代させられた。そして、同じくミネソタ州でもう1人の選挙人が棄権しようとしたが交代させられた。コロラド州でも民主党の選挙人がヒラリーではなく共和党のケーシックに投票しようとして交代させられた。

今後の動向


 これだけ多くの不誠実な選挙人が出たのは近年では異例と言える。アメリカでは大統領選挙の度に選挙人制度改革について論じられてきた。詳しくは「選挙人制度に関する修正議論」を参照のこと。
 
 不誠実な選挙人がたくさん出たことで、そもそも選挙人制度という制度そのものが有効に機能しているのかという疑問が出てくる。また敗北が決定した候補に投票することが決まっている選挙人が自らの政治的理念や考え方を表明する手段として選挙人制度を濫用する恐れもある。それは憲法制定者が想定した本来の正しい選挙人制度の在り方だろうか。

 こうした欠陥を是正するために何らかの変更が必要だという声が高まるかもしれない。ただ選挙人制度は民主主義と連邦主義を両立させる重要な意義を持つ制度なのでおいそれと変更はできない。その問題については過去にここで書いた通りだ。

 仮に選挙人制度を変更するにしても根本的に変更しようとすれば憲法修正が必要になる。憲法修正は連邦議会が発議する。しかし、近年、選挙人制度は共和党に有利に作用してきた。共和党が上下両院を占める状態ではたして発議がなされるだろうか。

 その他の方法として全国一般投票法がある。詳しい説明は、先に挙げた「選挙人制度に関する修正議論」に譲るとして、全国一般投票法を採用すれば選挙人制度を廃止することなく改革が可能だ。それは簡単に言えば、全国の一般投票で最多数を得た候補に州がすべての選挙人を獲得させるという法である。

 全国一般投票法は連邦法ではなく各州が別個に可決する。したがって、連邦議会の可決は必要ない。そもそも選挙人を選ぶ方法は州の専管事項だと憲法で定められている。

 最も現実的な改革方法はこの全国一般投票法だろう。今後、ブルー・ステイト(民主党支持が強い州)で全国一般投票法の可決が進み、選挙人の過半数の270票を超えれば、将来の大統領選挙の様相は変化するだろう。今回のように一般投票で対立候補を上回りながら敗北する候補が出ることはなくなる。全国一般投票法の可決が各州で進むかどうか注目したい。