2017年1月11日水曜日

オバマ大統領の告別演説

大統領の告別演説


 2017年1月10日(現地時間)、オバマ大統領は離任を前にしてシカゴで告別演説を行った。
 離任にあたって国民に別れを告げる先例はジョージ・ワシントンが作った。ただしワシントンは新聞で原稿を発表しただけで演説したわけではない。ワシントンは「告別の辞」において、一定の外国勢力に肩入れしない外交方針、党派に分かれて政争を行うべきではないといった考え方を示した。
 告別演説の中では、ドワイト・アイゼンハワーの告別演説が特に有名である。アイゼンハワーは軍産複合体の台頭に警鐘を鳴らした。つまり、告別演説は、アメリカ大統領が最後に残せるレガシー(遺産)である。

オバマの告別演説総評


 格調高くまとめられている。「トランプ」や「共和党」など名指しでは非難していないが、暗に指していることは随所で分かる。名指しで非難しないのは、ワシントン以来の伝統。
 注目点は人種についてどのように述べているか。オバマにしか語れないオリジナリティ溢れた名文である。
 さらに民主主義をどのように再定義しているか注目して欲しい。リンカーンはゲティスバーグ演説でジェファソンが独立宣言で提示した自由の概念を再定義して後世に残る演説に仕上げた。「Government of the people, by the people, for the people」は誰もが知るフレーズとなっている。
 このオバマの告別演説も幾つかのフレーズは後世にも使われることになるだろう。特に気になったフレーズを強調表示しておく。時代を超えて受け継がれる演説には特殊な状況や時間を越えた理念が含まれている。

オバマ大統領の告別演説(本文)


 こんにちは、シカゴ!
 地元はいいね!
 ありがとう、みんな!
 ありがとう。
 ありがとう。
 大変、ありがとう。ありがとう。ありがとう。
 地元はいいね。
 ありがとう。

 ここでテレビ中継することになったから私は移動しなくてはいけなかった。

 誰も指示に従わなかったら、あなた達はきっと私を死に体の大統領だと言うだろうね。

 席は全員分、ちゃんとあるよ。

 我が親愛なるアメリカ人よ、ミシェルと私はここ数週間にわたって寄せられた温かい感謝の言葉に感動している。しかし、今日は私が感謝を述べる番だ。

 我々が見解で一致しようとも、もしくは一致しなくても、あなた達、アメリカ国民と私は様々な場所で対話してきた。応接間で、学校で、農場で、工場で、晩餐会で、遠方の基地で。そうした対話をすることで私は素直でいられ、元気になり、前に進み続けることができた。そして、毎日、私はあなた達から学んだ。あなた達は、私をより良い大統領にしてくれ、より良い人間にしてくれた。

 20代初めに私はシカゴにやって来て、自分探しをしていた。自分が生きる意味を探していた。そして、ここからそう遠くない場所で、今にも閉鎖されようとしている鉄工所で教会の組織とともに働き始めた。

 まさにこの辺りの通りで私は、苦闘する労働者が顔に浮かべる信念の力と静かな尊厳を見た。

(群衆「さらに4年!」)

 それはできない。

 私は学んだ。普通の人々が参加した時にこそ変革は起きるのだと。そして、普通の人々が積極的に関与して、変化を一緒になって求める時にこそ変革は起きるのだと。

 8年間、大統領として務めたが、私はまだそれを信じている。それは私だけの信念ではない。アメリカ人の胸に脈々と宿る理想である。自治という我々の壮大な実験である。

 すべての者はみな平等に創られていて、生命、自由、幸福の追求など決して奪われない権利を創造主によって授けられているという信念がある。

 こうした権利は自明なものであるが、勝手に達成されるものではないと力説したい。我々、人民は民主主義を通じてより完全な連邦を形成できる。

 我々の建国の父祖達は、そのような先駆的な理想を大きな贈り物として我々に渡した。額に汗して創意工夫を凝らし夢を実現する自由だけではなく、協力し合って、公共の善、より大きな善を達成するという規範。

 240年間、我が国の市民は、各世代でやるべき責務や目的を与えられてきた。だからこそ愛国者達は専制よりも共和制を選択肢、開拓者達は西に向かい、奴隷達は自由への険しい道に立ち向かった。

 だからこそ大洋やリオ・グランデ川を越えて多くの移民や難民がやって来た。だからこそ女性達は参政権を獲得しようとした。だからこそ労働者達は労働組合を作った。だからこそ兵士達はオマハ・ビーチや硫黄島、イラク、そして、アフガニスタンで生命を捧げた。

 セルマ(1965年に起きた大規模な非暴力公民権運動デモの中心地)からストーンウォール・イン(1969年に同性愛者人権運動のきっかけになったバー)の人々も同じく生命を捧げようとした。

 だからこそ我々はアメリカが例外だと言う。我が国が最初から欠陥がないからそう言えるのではなく、我々が変革を起こせる力を持ち、後の世代の人々の生活をより良くしてきたからそう言える。

 確かに我々の進歩は平坦ではなかった。民主主義の道程は常に大変だった。それは議論の余地があることだ。時に流血が起きた。2歩前進するごとに1歩後退しているのではないかとつい思ってしまうかもしれない。しかし、長い目で見れば、アメリカは確実に前進して、一部の人々だけではなくすべての人々に建国の父祖達の信条を徐々に広めている。

 もし私が8年前に、アメリカは景気後退に対処し、自動車産業を再生し、長期間にわたって雇用を創出し、キューバと新しい関係を築き、武力なしでイランの核兵器開発計画を止め、911の首謀者を除外し、同性婚を認め、新たに2,000万人市民のために健康保険の権利を確保すると言っていたら、きっと望みが高すぎると言っただろう。

 しかし、今、我々はすべてを成し遂げた。あなた達が成し遂げたことなのだ。あなた達自身が変革である。あなた達がいたからこそ、人民の期待に応えて、あらゆる尺度から見て、我々が始めた時からアメリカはより強く、より良い場所になった。

 10日経てば世界は民主主義の証(政権交代)を見ることになるだろう。

(群衆がブーイング)

 違う違う。自由に選ばれた大統領から後任者への平和的な権力の移行だ。私は、我が政権はブッシュ大統領が私に行ったように、できる限り円滑な政権移行を行うとトランプ次期大統領に約束する。なぜなら我々の政府が直面する多くの課題に我々を立ち向かえるようにできるか否かは我々すべてにかかっているからだ。

 我々はしなければならないことがある。そうした課題に対処するためにするべきことがたくさんある。結局、我々は地球上で最も豊かで最も強力で、そして、最も尊敬される国家であり続ける。我々の若さ、活力、多様性、そして、開放性、リスクと革新を恐れない無限の包容力は我々の未来を約束している。しかし、そうした可能性は、我々の民主主義がうまく機能した場合のみ実現する。我々の政治に人民の良識が反映された場合のみ実現する。党派や党利にかかわらず我々すべてが今まさに必要とされている良識を取り戻そうとした場合のみ実現する。

 それこそ私が今夜、取り上げたいことだ。我々の民主主義がどのような状態にあるのか。分かって欲しい。民主主義は画一性ではない。建国の父祖達が論じたように。 彼らが議論したように。最終的に彼らは妥協した。彼らは我々が同じようにすることを期待しているに違いない。さらに彼らは、民主主義にはまとまりという礎が必要であると知っていた。すなわち、外面的な違いはともかく、我々は一蓮托生だということだ。

 我々の歴史上、そうしたまとまりが脅かされた時代があった。今世紀初頭もそうした時代の一つであった。世界が縮小に伴う不平等が拡大、人口変動とテロの脅威などの要因が、我々の安全や繁栄だけではなく、民主主義への試練になっている。そして、我々の民主主義への試練にどのように対処できるかは、我々の子供の教育、良い雇用の創出、そして、我が国を守ることにかかっている。すなわち、それこそ我々の未来を決定する。

 そもそも我々の民主主義は、すべての人々が経済的機会を持つという理解なしではうまく機能しない。そして、幸いなことに現在、経済は再び上向きつつある。賃金、収入、不動産価格、そして、年金は再び上昇している。貧困率は再び下がっている。株式市場が記録的な高騰を示す中、富裕層は公正に納税している。失業率はほぼ10パーセント以下だ。無保険率は低い。健康保険の費用は上昇しているがここ50年でも緩慢な上昇だ。我々が健康保険制度に加えた改善よりも優れた計画をもし誰かがまとめることができ、安い費用でより多くの人々を対象にできるのであれば、私はそれを支持すると言っておく。
 
 なぜならそれこそ我々がやろうとしてきたことだからだ。点数稼ぎをしようとしたのではなく、多くの人々の暮らしをより良くしようとしてきたことだ。
 
 我々が真に達成したすべての進歩にもかかわらず、我々はまだそれが十分ではないとわかっている。中流階層や中流階層の仲間入りをしようとしている人々を犠牲にして僅かな少数者を富ませようとすれば、我々の経済はうまくいかない。それは経済的議論である。しかし、甚だしい不平等は我々の民主主義の理想を蝕む。1パーセントの富裕層が富を独占すれば、ダウンタウンや地方に住む多くの家庭が置き去りにされる。一時解雇された工場労働者、ウェイトレス、医療従事者は十分な給料を受け取れなくなって、世の中は不公正だと思うようになって、政府は力ある者だけの利益を考えているだけだと信じるようになる。そうなると我々の政治に諦めと分断が生まれる。

 しかし、こうした長期間にわたる傾向をすぐに変えることはできない。我々の貿易は公正かつ自由でなければならないと私は考えている。しかし、経済混乱の次の波は海外から来るわけではない。それは、多くの中流階層の仕事を奪ってしまう自動化が過酷な速さで進んでいることから起きる。

 だからこそ我々は、すべての子供達に必要な教育を保障する新しい社会契約を作ろうとしている。良い賃金のために団結する権利を労働者に与え、今の我々の暮らしに適したセーフティ・ネットを築き、新しい経済から最も利益を得る企業や人々が成功をもらたすもとになった国への義務(納税)を回避しないようにする税制を整える。

 我々は、こうした目標をどのように達成できるか論じることができる。しかし、自己満足に耽るような目標ではあってはならない。というのはもし我々がすべての人々に機会を与えなければ、我々の進歩を阻害する不和と分裂が生じて、先行きが厳しくなるからだ。

 我々の民主主義への二つ目の脅威がある。その脅威は我が国の歴史と同じく古いものだ。私が当選した後、人種差別のないアメリカに関する話題があった。そのような理想は、素晴らしいものであったが、現実的ではなかった。我々の社会の中で人種は依然として分裂の要因である。今、私は十分に長く生きたので、人種関係が10年前、20年前、30年前よりも改善されていると知っている。たとえ誰が何と言おうとも。それはただ統計を見てもわからない。あらゆる政治的党派の若いアメリカ人の姿勢を見ればわかる。

 しかし、我々はまだ到達すべきところまで到達していない。我々はすべてもっと努力しなければならない。もしあらゆる経済問題を白人勤労中産階級と取るに足らない少数派の間の闘争だと考えれば、あらゆる労働者は、富裕者が安全な敷地に引っ込んでしまう一方で、スクラップをめぐって争うようになってしまうだろう。もし我々と違っているという理由だけで移民の子供達に投資することを惜しめば、我々は自分達の子供の将来を狭めてしまう。なぜなら褐色の子供達はアメリカの労働力の大部分を占めるようになるからだ。そして、我々は、経済を勝者総取りのゲームにしてはならないと示さなければならない。去年、所得はすべての人種、すべての年代、男女ともに上昇している。

 もし我々が人種問題を前進させようと真剣に考えるのであれば、雇用、住居、教育、そして、司法における差別を禁じる法律を支持しなければならない。これこそ我々の憲法と高邁な理想が求めていることである。

 しかし、法律のみでは十分ではない。心が変わらなければならない。一夜にして変わるものではない。社会の趨勢が変わるには数世代かかることがしばしばある。しかし、もしますます多様化する国家の中で我々の民主主義をうまく機能させようとすれば、我々はそれぞれアメリカのフィクション作品のキャラクターであるアティカス・フィンチの言葉に耳を傾けなければならない。すなわち、「相手の観点から物事を考え、それを実感しなければ、決してその人を理解することはできない」。

 黒人やその他の少数派にとって、それは、公正を求める我々自身の闘争をこの国で多くの人々が直面している試練に結び付ける意味を持つ。多くの人々とは、難民、移民、地方の貧しい人、同性愛者だけではなく、外部からは有利な立場にいると見られているが、それが経済的、文化的、技術的変化によって覆されつつあると見られている中年白人男性も含む。

 白人アメリカ人にとって、奴隷制度の影響と人種隔離政策は1960年代に突然、消滅したわけではなかった。少数派が抗議した時に、人種主義を撤回させたり、政治的公正性を実践したりしたわけではなかった。平和的な抗議活動が行われた時に、特別扱いが求められたわけではなく、建国の父祖達が約束した平等な扱いを求めただけだった。

 生まれによるアメリカ市民は、今、流布しているような移民、すなわちアイルランド人、イタリア人、ポーランド人に対する偏見について考え直さなければならない。アメリカは、こうした新参者達によって弱められるわけではない。彼らはこの国の信条を認め、アメリカを強くする。どのような立場にあろうとも、我々は懸命に努力して、我々と同様に彼らがこの国を愛しているという前提から始めなければならない。我々と同じく彼らは勤労と家族に価値を見出している。彼らの子供は我々自身の子供達と同じく、好奇心を持ち、希望に満ち、愛すべき存在である。

 こうしたことは一つとして簡単なことではない。多くの人々にとって、自分と同じような政治的意見を持ち、決まりきったことに異議を唱えないような人々に囲まれた近所や大学のキャンパス、信仰の場、ソーシャル・メディアなど自分の世界の殻に閉じこもることはとても安全に思えるかもしれない。剥き出しの党派精神、経済的・地域的分断、嗜好によるマス・メディアの分裂、こうした選別はごく自然で避けがたいように思えるかもしれない。我々は自分の殻に閉じこもってしまったがために、外部の情報を参照にして意見を持たずに、真偽を問わず自分の意見にあった情報のみを受け入れてしまう。

 こうした傾向は我々の民主主義への第三の脅威である。政治は理念の戦いである。健全な議論では、我々は異なった目標や異なった目標達成の手段を尊重する。しかし、そもそも共通の基盤がなく、相手が新しい情報を認めようとしない場合において、それでも相手が公正だと譲歩して、それよりも科学や理性が重要なのだと譲歩してしまえば、互いに話していても、共通の基盤を作ることや妥協は不可能である。

 何が政治をやるせないものにしているのか。我々が企業に対して減税を行う代わりに子供達の就学前教育のためにお金を出そうとした場合、財政赤字に対して公職にある者が怒ることができようか。自党が倫理的間違いを犯している場合、他の党が同じことをしても攻撃することができようか。それは不正直であるだけではなく、事実を選り好みして歪めているだけである。それは自己欺瞞である。私の母は、現実がきっとおまえを捕まえるよとよく言っていた。

 気候変動という試練について考えよう。たった8年間で我々は外国の石油への依存を半分にして再生可能エネルギーを二倍にして、この地球を救うことを約束する協定を結ぶように世界に働き掛けた。しかし、より積極的に行動しなければ、我々の子供達は気候変動の実在を議論する時間さえなくなるだろう。子供達は、天災、経済停滞、安全な場所を求める気候変動による難民などその影響に忙殺されるようになるだろう。

 今、我々はこの問題の最善の解決策について議論できるし、否、議論すべきである。この問題そのものを否定するだけではなく、将来世代を裏切ることは、建国の父祖達を導いてきた問題解決の実践と革新の本質的精神を裏切ることである。

 啓蒙主義から生まれたこの精神こそ、我々の経済に原動力を与える。この精神こそキティ・ホーク(ライト兄弟が人類最初の有人動力飛行に成功した場所)とケープ・カナベラル(NASAの宇宙ロケット発射基地がある)での飛行を可能にした。その精神こそ疾病を治療し、あらゆるポケットにコンピューターを入れた。

 この精神、すなわち、理性への信念、企業精神、そして、力よりも正義を優先することが大恐慌において全体主義と専制から我々を救い、他の民主主義国家とともに第二次世界大戦後の世界と軍事力や国際関係だけではなく原理に基づく秩序を築いた。それは、法の支配、人権、信教の自由、言論の自由、集会の自由、そして、報道の独立という原理である。

 そうした秩序が今、脅かされそうとしている。イスラムを代弁していると主張している暴力的な狂信者によって。さらに自由市場、開放的な民主主義、市民社会を権力への脅威と見なした諸外国の独裁者によって。我々の民主主義に突き付けられた危機は自動車爆弾やミサイルよりも深甚である。それは変革への恐れを示しているからだ。すなわち、違った外見や話し方、祈り方をする人々への恐れ、権力者に説明責任を負わせる法の支配の軽視、異なる意見や自由な考え方への不寛容、剣、銃、爆弾、もしくはプロパガンダが真実と正義の審判者であるという信念。

 兵士達、諜報員、警察官、外交官の並外れた勇気のお蔭で、いかなる外国のテロ組織も我々の国土にこの8年間、攻撃を仕掛けることができなかった。ボストンとオーランドは過激思想がいかに危険かを我々に思い出せるが、警察機構はより効率的に警戒に当たっている。我々はビン=ラディンも含めて数万人のテロリストを排除した。我々が結成したイスラム国に対する全地球的な同盟は、彼らの指導者を排除し、領域を半分程度、奪った。イスラム国は根絶されるだろう。そして、アメリカを脅かす者は誰一人として安全ではいられなくなる。すべての職務に励む公職者に言いたい。あなた達の最高司令官になれたことは私の生涯の誇りである。

 しかし、我々の生活を守るためには軍隊だけでは十分ではない。民主主義は、我々が恐怖に負ければ倒壊する。我々は市民として外部からの侵入に注意し続けなければならず、我々自身の根源である価値観を弱めようとする動きから身を守らなければあんらない。だからこそここ8年間で、我々は確固とした法的根拠に基づいてテロに対して戦ってきた。だからこそ我々は拷問を終わらせ、グアンタナモ基地を閉鎖しようとし、プライバシーと市民的自由を守るために調査方法に関する法律を改正した。だからこそ私はイスラム系アメリカ人に対する差別を拒んだ。だからこそ我々は、民主主義、人権、女性の権利、同性愛者の権利を世界に広める戦いから退くことはできない。いかに我々の努力が不完全なものであっても、いかにそのような価値を無視したほうが好都合であってもだ。過激思想や不寛容、分断主義と戦うことは、独裁主義や国権の侵害と戦うことである。もし自由の領域と法の支配の尊重が世界中で退行すれば、国家内、もしくは国家間の戦争が起きる可能性は高まり、我々自身の自由も最終的に脅かされる。

 恐れず常に警戒心を怠らずにいよう。イスラム国は無実の人々を殺そうとしている。しかし、我々が戦いにおいて憲法と原理を放棄しない限り、彼らはアメリカを打ち負かせない。もし我々が我々が拠って立つものを放棄して小国を虐める単なる大国になり下がらなければ、ロシアや中国といった競合国は世界における我々の影響力に勝てない。

 最後に述べておきたいことがある。我々の民主主義は、民主主義が当然のものだと思ってしまえば脅かされる。我々すべては党派にかかわらず、我々の民主主義体制の再構築に献身すべきである。進んだ民主主義政体で投票率が低下しているなら、我々は投票を難しくするのではなく簡単にしなければならない。我々の政治制度に対する信頼が低迷しているなら、政治への腐敗したお金の影響力を削ぐのではなく、公職者の透明性や倫理といった原理を強調すべきである。連邦議会が機能麻痺に陥った場合、我々は過激思想ではなく良識を説くように政治家に選挙区で働き掛けなければならない。

 これらすべてのことは我々が積極的に関与することにかかっている。党勢の変動にかかわらず、我々はそれぞれ市民の責務を背負っている。

 我々の憲法は優美な贈り物である。しかし、それは羊皮紙の断片に過ぎない。それ自体で力を持っているわけではない。我々人民が憲法に力を与える。我々がいかに関わるか、そして、我々がいかに選択するかで憲法に力が与えられる。我々が自由のために立ち上がるか否かにかかっている。我々が法の支配を尊重して強化するか否かにかかっている。アメリカは不安定な存在ではない。しかし、自由を求める我々の長い旅が前進しているかどうかは定かではない。
 
 告別の辞でジョージ・ワシントンは次のように書いている。自治こそ我々の安全、繁栄、そして、自由の要だが、「あなた達の心の中にあるこうした真実への信頼を揺るがそうと、異なる主義と異なる方針を持つ者達が多大な労力を払う」。我々はそれを「不断の警戒」で守るべきである。我々は「我が国の一部の人々をその他の人々から離反させ、神聖な絆を弱めようとするあらゆる試みの兆し」を摘むべきである。

 こうした絆を弱めてしまって我々が政治的対話を不真面目なものにしてしまえば、優れた資質を持つ人々が公職者にならなくなってしまう。下品に騒ぎ立てれば、我々と異なる意見を持つアメリカ人は誤って導かれ、悪意を持つようになるかもしれない。我々が一部の人々をよりアメリカ人らしいと評価すれば、絆が弱まってしまう。我々が政治制度全体がどうしようもなく腐敗しているのだと書き、我々自身が選び出したことを忘れて指導者を非難するようになれば、絆が弱まってしまう。

 我々が一人ひとり民主主義の不断の見張り番にならなくてはならない。我々は、偉大なる我が国を改善する絶え間のない仕事に取り組まなくてはならない。我々すべてが外面的な違いを持っているからこそ、我々は市民という同じ誇り高き称号を共有しなければならない。

 我々の民主主義が求めるものは結局、何か。民主主義にはあなた達が必要だ。単に選挙の時だけではなく、あなた達自身の狭い利害が危機に瀕して時だけではなく、生涯にわたって必要とされている。もしあなた達がインターネットで見知らぬ人々と議論するのに飽き飽きしていたら、現実の生活で誰かと話してみればよい。もし何か改善する必要なことがあれば、気を引き締めて何かやってみたらよい。もしあなたが選出した公職者に落胆したなら、板を掴んで署名を集めて自分自身で立候補してみたらよい。前に出ろ。熱心にやれ。諦めずに続けろ。時にはうまくいくこともある。時にはうまくいかないこともある。他人の善意を信じることはリスクがあるし、うまくいかなくてがっかりすることも何度もある。しかし、幸いにも我々はそうした努力の一部を担うことができ、間近で見守ることができ、激励することもできる。そして、それ以上に、アメリカへの、そして、アメリカ人への信頼が固くなるだろう。

 私の場合もそうだった。8年間にわたって私は、若い卒業生達や新しい軍の士官達の希望に満ちた顔を見てきた。答えを探してチャールストン教会で慈悲を得た悲しい家族達を悼んだ。科学者達が麻痺を患った男性に感覚を取り戻させ、負傷兵を再び歩かせたのを見た。医師達やボランティア達が地震の後、トラックで疫病の大流行を止めようとしたのを見た。難民が平和に働き、家族を見つけられるようにするべきだということを幼い子供達が我々に思い出させてくれたのを見た。

 普通のアメリカ人が変革を起こす力を持っているというこれまでの私の信念は、私が想像できない方法で報いられた。あなた達もそう思うように願う。ここに集ってくれたあなた達や家でテレビを見ている人々の中には、我々とともに2004年、2008年、2012年も一緒にいてくれた人がいるかもしれない。これですべて終わりだと思っていないはずだ。あなた達だけではない。ミシェルもだ。25年間にわたって、君は私の妻であっただけではなく、子供達の母であり、最良の友であった。君は求められていない役割でも進んで務め、自分の仕事を素敵に、かつユーモアたっぷりにこなした。君はホワイト・ハウスをすべての人々のものにした。新しい世代は、君を見倣って目標を高く持つようになるだろう。君は私の誇りだ。君は国の誇りでもある。

 マリアとサーシャは大変な状況下でも2人の素敵な女性になった。賢明で美しいが、もっと大事なことに親切で思いやりがあり、情熱がある。スポットライトの中で君達は年相応の重みを身に付けてしまったよ。私の人生の中で最も誇らしいことは、君達の父親になれたことだよ。

 ジョー・バイデンへ、スクラントンから来た腕白少年はデラウェアの大事な息子になった。あなたは私が最初に指名した人物であり、最善の選択だった。あなたが偉大なる副大統領であったからだけではなく、私にとって兄弟みたいな
ものだったからだ。ジル、我々はあなたを家族のように愛している。そして、あなたの友情は私の人生の中で最も大きな喜びの一つだ。

 私の優秀なスタッフへ、8年間、中にはもう少し長い年月、私はあなた達に尽力してもらったし、毎日、努力していたあなた達を思い出すと、真心、品格、信念が見える。私はあなた達の成長を見てきた。結婚し、子供を持ち、あなた達自身の新しい旅を初めてきたのを。つらい時でもあなた達はワシントン政界を利用しなかった。あらゆることの中でも私が誇りに思うことは、これからあなた達がきっと素晴らしいことを成し遂げるだろうという期待だ。

 離れた場所にいるあなた達すべてへ、迎え入れてくれる見知らぬ街や家族に入るあらゆる社会活動家、あらゆるドアをノックするボランティア、初めて投票するあらゆる若者、変革という困難な仕事に邁進するあらゆるアメリカ人へ、あなた達は望み得る限りの最善の支持者であり社会活動家であり、私は永遠に感謝している。なぜならあなた達は世界を変えるからだ。

 だからこそ私は、我々が始めた時よりもこの国の行き先が明るいと信じて今夜、この場を降りることができる。なぜなら私は、我々が行ったことが多くのアメリカ人を助けただけではなく、多くのアメリカ人、特に離れた場所にいる遠くの若いアメリカ人を変革を成し遂げることができると信じること、高邁な理想を抱くことで勇気付けたことを知っているからだ。利他的で、他愛的で、創造的で、愛国的な世代が登場している。私はそうしたあなた達を国のあらゆる場所で見ている。あなた達は、公平で公正で懐の深いアメリカを信じている。あなた達は絶え間のない変化こそアメリカの証だと分かっているはずだ。恐れずに取り組め。そうすればあなた達は民主主義を前進させるという困難な仕事を達成できる。きっとすぐにあなた達は我々を数で凌駕するだろう。そして、その結果、未来はより良き手に委ねられると私は信じている。

 我が同胞アメリカ人よ、あなた達のために奉仕できたことは私の生涯の誇りである。私は立ち止まらない。事実、私はあなた達と市民として残る日々をあなた達とともにあるつもりだ。さしあたって今は、老若を問わず、あなた達の大統領として最後に求める。8年前にあなた達が私に機会を与えてくれた時に求めたのと同じことを。

 信じるように求める。私に変革を起こせる力があるのではなく、あなた達に変革を起こす力があることを。

 建国の文書に書かれている信念を抱くように求める。奴隷と奴隷制廃止論者によって囁かれてきた理想を。移民と自作農、公正を求めて行進した人々のよって歌われた精神を。外国の戦場から月面まで国旗を打ち立てた者達が再確認してきた信条を。未だに話に書かれていないあらゆるアメリカ人の中核にある信条を。

Yes We Can.
Yes We Did.
Yes We Can.

 ありがとう。あなた達に神の祝福あれ。そして、神がアメリカ合衆国に恩恵を与え続けてくれるように。

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